【文スト】この世界と獣と白雪姫【BEAST】

新人、途方に暮れる ページ16

見渡す限りの、広々とした田圃。
まだなにも植えられていない田には水が張り、美しい空が鏡のようにうつっていた。
遠くには人の手が加えられていない山があり、空気は澄み渡っている。



「…これ…全部…？」



「…その、ようだな…」



隣に立つ芥川の顔色が心なしか悪い。
いや、恐らく自分もそうなのだろう。



「さあ、早速はじめましょう！」



快活に笑う作業服姿の賢治に、Aは返事も出来なかった。
芥川の『いいよカード』の手伝いを始め、まず谷崎の印を貰った。
芥川と同じ、妹を持つ身の彼はなんの条件も出さずに印を押した。
だが、ここから先は簡単では無かった。



「大丈夫です！朝早起きして探偵社の作業までやれば…、
来週か、再来週には終わるでしょうから！」



これが賢治の条件だった。
農作業の手伝い、いや、手伝いという軽さでは決してない。
見渡す限りの田圃、それら全てが賢治の知り合いのもので、
A達はこれから、この途方もない広さの田圃に田植えをするのだ。



『これ…二週間で終われる？』



この時だけだった、仲の悪い新人二人が『途方に暮れた』表情をしたのは。


そしてこの先、彼女は芥川と同じように感情を共有する事は無かった。



それどころか、彼女は最後まで仲間に本音を話さなかった。


それに気づいたのは、随分後になってからだった。



「あのう…すみません、ホントに大丈夫ですか？」



絶句する二人に、賢治が他の仕事にしようかと申し訳なさそうに云った。
だが、こんなこと承知で芥川の手伝いを受け入れたのは自分だし、
この程度で根を上げていては情けない。



「私はやる」



一度決めた事はやめない、曲げない、突き通す。
先に云い放ったAに、芥川は舌打ちをしつつも、
腹が決まった顔で田圃を睨んだ。


「対価を支払うと決めたのは僕だ。
それに育った場所では、糧食を粗末に扱う者から死んでいった…やろう」



二人の決意に、賢治は嬉しそうな顔をした。
その日は賢治に手順を学び、作業服一式を受け取った。
試しに着てみたAは口を閉じ、
芥川はなんとも云いがたい表情で口を開いた。


「…貴様」


「…なにも云わないで」



「恐ろしく似合ってないな」



「そんなの自分がよく判ってる！」



「あれー？なんででしょうかね」



恐ろしく似合わないAの作業服姿に、賢治は首を傾げた。

やられたらやり返すものです→←捜し求めていものは何？

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す