検索窓
今日:3 hit、昨日:7 hit、合計:1,288 hit

『こころ』 5 ページ14

「先生」

目の前に先生がいるわけではない。だけど、ただ、呼んでみた。

「先生」

いつも座っている椅子に座り、机に突っ伏す。前――図書室の入り口を見ても、やっぱり誰もいない。

そりゃそうだ。だって今日は木曜日だし。

部活も無いのに、本を借りに来る以外で図書室に来る理由は、期末テストの勉強をするため――――ではなくて、読書感想文を書くためだ。

まだ夏休みでもないのに、読み終わった瞬間書きたくなった。一週間前に迫った期末テストの勉強のほうが大事だと、頭ではわかってるのに、ノートに運ばれたシャープペンシルは動かないし、気乗りしない。

かといって、シャープペンシルの下を原稿用紙に変えても、なかなか動かない。

『しかし、君、恋は罪悪ですよ』

頭の中で再生してみた言葉が、予想以上に私に重くのしかかる。

わからなくもないんだ。『先生』がなぜ恋は罪悪なんて言ったのか。それを、『先生』が無くなった後にやっとわかったんだろう『私』の気持ちも。

『先生』とその『親友』と『お嬢さん』の三角関係。その三角関係の末、『先生』の恋は実って、『親友』の恋は実らなかった。『先生』のせいで『親友』は失恋して、『親友』はじさつした。

『先生』に死ぬまで外れない鎖を巻きつけて。

『親友』はじさつしたのではないんだと思う。心中したんだ。

『先生』を道ずれにして、共に死んだ。

『先生』のこころにはずっと『親友』がいる。愛しているはずのお嬢さん――――のちに奥さんとなった人の顔を見ると、いつも思い出されて、愛しているのに、酷く辛い。

『親友』はそんなつもり無かったのかもしれない。ただ、絶望して、自己嫌悪に陥って、死を選んだのかもしれない。

そうだとしたら、尚更むごい。

『先生』は、誰よりも高潔で、卑怯だった。だから、恋を『残酷』なんて言わず、『罪悪』と言ったんだ。

自分の罪を曖昧にかたずけようとせずに、自分への罪として自身を戒め続けたのだ。

「私には、そんな高潔さも何もないからなあ」

さて、どうしようか。考えてみても何も浮かばない。

さっきよりも、『先生』のことを考えた今の方が、こころが重たくなった気がした。

シャープペンシルを動かす指先も、重い。

『こころ』 6→←『こころ』 4



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (1 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:みい x他1人 | 作成日時:2017年5月25日 20時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。