『こころ』 5 ページ14
「先生」
目の前に先生がいるわけではない。だけど、ただ、呼んでみた。
「先生」
いつも座っている椅子に座り、机に突っ伏す。前――図書室の入り口を見ても、やっぱり誰もいない。
そりゃそうだ。だって今日は木曜日だし。
部活も無いのに、本を借りに来る以外で図書室に来る理由は、期末テストの勉強をするため――――ではなくて、読書感想文を書くためだ。
まだ夏休みでもないのに、読み終わった瞬間書きたくなった。一週間前に迫った期末テストの勉強のほうが大事だと、頭ではわかってるのに、ノートに運ばれたシャープペンシルは動かないし、気乗りしない。
かといって、シャープペンシルの下を原稿用紙に変えても、なかなか動かない。
『しかし、君、恋は罪悪ですよ』
頭の中で再生してみた言葉が、予想以上に私に重くのしかかる。
わからなくもないんだ。『先生』がなぜ恋は罪悪なんて言ったのか。それを、『先生』が無くなった後にやっとわかったんだろう『私』の気持ちも。
『先生』とその『親友』と『お嬢さん』の三角関係。その三角関係の末、『先生』の恋は実って、『親友』の恋は実らなかった。『先生』のせいで『親友』は失恋して、『親友』はじさつした。
『先生』に死ぬまで外れない鎖を巻きつけて。
『親友』はじさつしたのではないんだと思う。心中したんだ。
『先生』を道ずれにして、共に死んだ。
『先生』のこころにはずっと『親友』がいる。愛しているはずのお嬢さん――――のちに奥さんとなった人の顔を見ると、いつも思い出されて、愛しているのに、酷く辛い。
『親友』はそんなつもり無かったのかもしれない。ただ、絶望して、自己嫌悪に陥って、死を選んだのかもしれない。
そうだとしたら、尚更むごい。
『先生』は、誰よりも高潔で、卑怯だった。だから、恋を『残酷』なんて言わず、『罪悪』と言ったんだ。
自分の罪を曖昧にかたずけようとせずに、自分への罪として自身を戒め続けたのだ。
「私には、そんな高潔さも何もないからなあ」
さて、どうしようか。考えてみても何も浮かばない。
さっきよりも、『先生』のことを考えた今の方が、こころが重たくなった気がした。
シャープペンシルを動かす指先も、重い。
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作者名:みい x他1人 | 作成日時:2017年5月25日 20時