人であった頃の…【肆】 ページ5
〜明治○○年/当時20歳〜産屋敷邸にて
◻「本当にそれでいいのかい？」
お館様の優しげな声も、皆が引き留める声も、今の私には弊害にしかならなかった。血が滲むほど歯を食いしばり、抑え切れない怒りが体を震わせる。掌に爪を食い込ませながら、少しでも落ち着こうと額を畳に押し付ける。人によっては泣いているように見えるかもしれないほど、情けない姿だろう。
貴「はい、私は本日をもって鬼殺隊を離れさせていただきます。柱である責務を全うできず、お館様や柱の方々にもご迷惑をおかけする形となってしまいました」
鬼殺隊が嫌になったわけでも、剣客としての道を外すわけではない。自分の無力さを恥じ、鬼への怒りを制御することができないだけだ。鬼殺隊にいれば、仲間がいる反面行動がある程度制限されてしまう。自由に動くことができない。私には時間が惜しかった。
◻「Aの意志は汲むつもりだよ。……ただ、命を粗末にするようなことをしてはいけないよ」
貴「肝に銘じます。私とて、容易く死ぬようなことは致しません。この怒りを留めたまま死ねません」
継ぐ子もおらず、私は何も残らずに去るつもりだった。だが、先代の柱達の記録をお館様は残しているそうだ。不本意ではあったが、身勝手な要望を許して下さった恩は返さなければと記録程度はと承認した。無愛想な写真だけが、鬼殺隊に残ることとなった。
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〜大正○○年/当時20歳〜煉獄邸にて
身体中を掻きむしり、少し落ち着いたところで煉獄邸に足を運んだ。柱となってからは、一番顔を見せたところだ。優しい家族に甘え、任務後は癒しを求めるように立ち寄っていた。勿論、治療所にも立ち寄った。何度怪我をしたか、数えるのも馬鹿らしくなる。
◻「神剣城、行くんだな…」
貴「はい、煉獄殿には言葉に表せないほど感謝しております。鬼狩りとして先の見えない私に、熱意を教えていただきありがとうございます」
◻「…止めても無駄だろうな。だが死ぬな」
「死ぬな」と言うのは、鬼狩りにとって残酷な言葉だ。煉獄殿もそれを理解している上で、そう声をかけている。この怒りは、鬼を全て殺し切っても消えることはないだろう。地獄を這う骸のように、生きていくしかなくなってしまった。
貴「…奥方にも、私が去ることをお伝え下さい。お体に気をつけてと、お世話になりましたと」
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