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本当に、あんなことを言ってよかったのか。
……いや、父が許可しない可能性もあるか。
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社交場も終わり、そんなことを悶々と考えながら帰路につく。
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やっとの思いで家に着くと、バタバタと足音が聞こえてきていつもみたいに能天気な顔をしたAさんが出迎えにくる。
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『坊っちゃま、お帰りなさいませ』
「……ただいま帰りました」
『どうしたんです? そんな辛気臭い顔しちゃって』
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不思議そうな顔をしてAさんが尋ねてくる。
どうやら相当考え込んだ顔をしていたらしい。
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「……別に、何でもないです」
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素っ気なく返事をして鞄だけ預けて足早に立ち去る。
最後に言い返してこなかったように驚いたような顔が横目でみえた。
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……もし。
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もし、今日から婚約するかもしれない。
って伝えたらなんて言うだろう。
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「え、坊っちゃまと婚約するような物好きが!?」とか「今どき婚約なんてあるんですね〜」とか笑ってるような顔しか想像できてため息を吐く。
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きっと彼女は私のことを意識してないし、悲しんでくれるなんて期待するだけ無駄だろう。
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『坊っちゃま!』
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焦ったような声がきこえて振り向くと走って追いかけてきたのか息を切らしたAさんの姿。
心配そうな表情でこちらをじっと見つめてくる。
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『今日、何か嫌なことでもあったんですか?』
「何もないですよ」
『嘘だ。もう!何年一緒にいると思ってるんですか!』
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否定したのに、頬を相変わらずリスのように膨らませて怒ってくる。
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『別に何があったか言わなくてもいいですけど、紅茶持ってくるので、お部屋でゆっくり休んでくださいね』
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こういうときは、母のような姉のような。
何だかんだいっていつも心配してくれてる様子で…。
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(やっぱり、敵わないな…)
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つい自嘲気味に笑みをこぼす。
私はAさんが大切で、守りたい。
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……もし、思いが通じたとしてもメイドと主人ではそう簡単には結婚出来ないかもしれない。
そのためにも、味方は作っておいた方がいいだろう。
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婚約するというのも、あながち間違いでは無かったのかもしれない。
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……それでも、後日婚約を伝えられてからも飄々とした態度だったAさんにムカついてしまったことは内緒にしておく。
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