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何故か、胸に寂しさが込み上げてきたのである。裾を引っ張られたことに気づいた惣一は、季実子の方を振り向くと彼女の寂しそうな表情にフと笑って、借りていたコートを彼女の肩にかけた。やはり、季実子が着ていた方がよく似合う。まるで雪の妖精のようだ。なんて、自身には似合わないロマンチックな表現に自嘲する。そして彼は、そうすることが自然だとでも言うように優しく彼女の身体を抱き寄せた。彼に抱きしめられるのは初めてではない。しかし、今夜のこの抱擁はいつもより熱が篭っているみたいで、季実子は途端に怖くなった。俯いたまま送ってくれたことへの礼を言い、彼から逃れようと身を捩る。そして、少し身体が離れた隙に惣一を見上げ「さよなら」と別れの言葉を紡ごうとした、その時だった。
「季実子ちゃん」
名前を呼ばれたかと思うと、彼女の顔に影が差す。ひとつ目を瞬かせる間に彼女の視界は暗くなり
、同時に今まで体験したことの無い感覚が季実子の体を駆け抜けた。あまりにも急なその出来事に、季実子は大きく目を見開く。たった一瞬のことだというのに、まるで永遠の様に感じられる時間。味や感触なんて感じる余裕など無い。兎に角目の前にいる愛しい彼が何故だか怖くて、彼女は思わず力いっぱい惣一を突き飛ばしてしまった。彼も彼で驚いているようだったが、それに構っている暇など無い。
「ごめんなさい」
季実子はやっとそう呟いて、肩にかけられたコートが地面に落ちたことにも気づかず、その場から逃げ出した。嬉しい筈なのに、待ち望んでいた筈なのに、鼻の奥からツンと涙が込み上げて、その大きな瞳から零れる。嫌だったわけではない。ただ怖かった。男として見ていたのは確かだけれど、男という性が前面に現れた彼が怖かったのだ。胸を占める喪失感と罪悪感が、涙となって止め処なく溢れ出てきた。
なだれ込むように部屋へ入ると、季実子は小さな天蓋付きのベッドに潜り込み、何度も深呼吸を繰り返した。彼の真剣な眼差しが忘れられない。恐ろしかったのに、それでもまだ彼のことが恋しくて。彼への想いが取り返しも付かない程大きくなっていることを季実子は今やっと再確認した。
惣一は、自身の唇を押さえながら呆然と立ち尽くしていた。何故ここまで動揺しなければならないのか、何故こんなに罪悪感が胸を占めるのか。何故彼女に突き飛ばされたことにここまでショックを受けなければならないのか。
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うれい(プロフ) - Haiterさん» コメントありがとうございます!マスターと夢主のやりとりは一番楽しんで書いているところなので、お褒めいただき嬉しい限りです!夢主まで好みと言ってくださるとは……!これからも性格の悪い彼女が暗躍しますが、彼らの幸せを願って下さると幸いです^^ (2018年12月9日 15時) (レス) id: 41522bcf43 (このIDを非表示/違反報告)
Haiter(プロフ) - 初めまして、コメントさせていただきます。マスターとヒロインのやり取りが可愛くてニヤニヤしながら、毎回読ませて頂いてます!ちょっとダークなヒロインも好みで大好きです!これからも更新楽しみにしております(*´▽`*) (2018年12月8日 23時) (レス) id: fd3983f77f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:サインバルタ | 作成日時:2018年11月20日 6時