【黒バス】君を狂わすのはこの愛だ。~you've changed my fate~ (ページ22)

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「忘却」というのは人として当然のことであり、誰もが記憶を失っていく。

生まれた時に最初にどんな顔をして、どんな風景を見たのかも、最初にしゃべった言葉も、小学生の時の給食の献立も、しっかりと覚えている人はほとんどいない。

それが人間として当然の記憶力で、忘れていくのが当たり前。だから私のこの記憶も当然のことと言えば当然のことのはずだ。

記憶がぷつりと切れていて、昔の記憶に靄がかかっているという状況ではなく、何一つ想像することすらできないという点では少し疑問を感じることもある。

一瞬、記憶喪失という単語が頭をかすめ、否定するように首を振った。違う。私にはそんな出来事は起きていないはずだし、体に手術した痕があるわけでもない。

過度な精神的ストレスで記憶を失うということも聞いたことはあるが、そんなトラウマは私にはなかった。もしそのようなトラウマがあるなら、兄さんではなく私が悪夢を見てうなされているはずだ。

ただ忘れただけ。そう、ただ忘れてしまっただけなのだ。そうに違いない。

トラウマがあるかもしれないと思われているのは兄さんで、私ではない。

今は私のこのよくわからない記憶よりも、兄さんのことが先だ。
ずっと夢の中でもがき苦しみ、何かを呼んで助けを求めているのだから。

しかし、肝心の兄さんのトラウマも一つも思い出せない。ぷっつりと切れた記憶の向こう側に答えがあるのだろうか。ひどくもどかしい。
が、手を伸ばしても足が攣るくらいに背伸びをしても届かない気がした。

「……昔の……こと……」

「どうかしましたか、顔色があまり良くないですよ。……Aさん？」

俯いて考え出してしまった私に、赤司君が優しく問いかけてくる。

温かい手が私の肩に触れ、彼の赤い瞳が心配そうにこちらを覗き込んできた。

「…………何が兄さんにあったのか思い出せないんです。

それだけじゃない、思い出そうとしてもちょっと前の高校の時のことも、中学の時のことも、ほんの少しのことしか思い出せない。兄さんに何があったなんて全然思い出せない……。どうして……」

ぐらぐらと回りだした思考を整理しようと、額に手を当てた。

思い出すのは穏やかに笑う、小説家の兄さんだけだ。A、次の小説はこのような感じにしようと思うんです。恋愛小説を兄が書くのは恥ずかしいですか？そういって、私に愛おしそうな笑みを浮かべる、兄の姿しか思い出せないのだ。