634話 ページ40
「もう一回、聞きたいな。上杉先生、誰が逃げてるって?」
和典は、真っすぐに、突き刺すように和臣を見すえた。
「さっきから、おまえだって言ってるだろ。耳も悪いのか」
和臣の拳が和典めがけて飛ぶのと、私と貴和が動くのが同時だった。
私が和臣の腕を叩いて拳の軌道をずらし、貴和がその膝を蹴り飛ばす。
貴和に当たったのか、和典のメガネが落ちる音がした。
和臣がよろけて椅子に突き当たりそうなのを、腕を引いて抱きこむことで防ぐ。
カフェテリアにいた塾生が、いっせいにこちらを見た。
「トップ下にこだわるんなら、」
そう言いながら和典は、床からメガネを拾い上げる。
「とことんこだわれよ。最後までしがみついてみろ!」
和臣に向けられたその視線には、侮蔑がこもっていた。
磨いた鋼のように鋭く、氷のように冷たい視線。
「別の道に逃げるなんて、みっともねーことすんじゃねぇ」
和臣が和典につかみかかろうとするのを、さらに強く抱きこむことで阻止する。
『和臣、いったん落ち着いて。座りましょう』
和彦が立ち上がり、こちらを見ている塾生たちに頭を下げた。
「ごめんね。何でもないから。もう騒がないからね」
塾生たちは急いで体を戻し、自分たちの世界に戻っていく。
和臣は、不貞腐れて頬杖をつき、そっぽを向いた。
私は少し笑って、和典に視線を向ける。
『いいんじゃないかしら、逃げたって』
「オレもそう思う」
貴和もうなずいた。
「へぇ」
そう言いながら和典は、承知できないと言ったように涼しげな眼を光らせた。
「理由は?」
「真っ向勝負だけが、正しいってわけじゃないと思うからさ。
逃げたい時は、逃げればいい。
どこまでも逃げて行けば、そこでまた新しい何かが見つかるかもしれないじゃないか。
それこそが本当に大事なものかもしれない。
初めに目指した道だけが、ベストとは限らないよ」
「あのさ」
それまで黙っていた美門が、両手を上げて頭の後ろで組みながら皆を見回す。
「オレ、若武とユニット組んでもいいよ」
「よし」
和臣が叫んで、パチンと指を鳴らした。
「決まった。オレたちが組めば、絶対、優勝できるからさ。打ち合わせしようぜ。場所を変えよう」
立ち上がり、先に立ってカフェテリアから出ていく。
美門が戸惑っていると、貴和が視線で入り口のほうを指した。
「いいよ。いけよ」
美門はうなずき、和臣の後を追いかける。
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きょっちー(プロフ) - 翡翠さん» もちろんです!今は少し忙しいので遅くはなってしまいますが、番外編の方にコメントしていただければ、喜んで書かせていただきます!これからもよろしくお願いしますね (2020年8月22日 18時) (レス) id: 22142a784e (このIDを非表示/違反報告)
翡翠 - 久しぶりに書かせていただきます。しばらく見ていなかったのですが、更新されていて一気に見てしまいました。また仲良くしてくださいますか?無理のない範囲でいいので、コメントやリクエストに答えてくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします。 (2020年8月22日 18時) (レス) id: f43e9245c3 (このIDを非表示/違反報告)
きょっちー(プロフ) - 天愛さん» コメントありがとうございます!テスト等の都合でお休みはもらっても、やめることはありません。むしろ駄作者もこれどこまで続くんだろうと、先が見えてない状態なので…。なので安心して、これからを楽しみにしていただけたら嬉しいです! (2020年8月11日 15時) (レス) id: 22142a784e (このIDを非表示/違反報告)
天愛 - 早く続きが見たい!!とっても面白いのでやめたりしないでくださいね!更新応援してます!ファイトです! (2020年8月11日 15時) (レス) id: 74d4bab595 (このIDを非表示/違反報告)
きょっちー(プロフ) - メロンパンさん» コメントありがとうございます!面白いと言ってもらえる度、駄作者のモチベーションは上がっていきます。これからも、楽しんで頂けるよう頑張っていきます! (2020年8月8日 22時) (レス) id: 22142a784e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きょっちー | 作成日時:2020年8月6日 22時