桃色 17輪目 ページ18
「待って!」
勢いよく玄関を飛び出して呼び止めると、ガムを膨らませていたブン太は驚いて「どうした?」と振り向いたけれど、直ぐに穏やかな笑顔に戻った。
彼は私の言葉を待っているかのように、ただ微笑みながら私を見つめた。
その視線に胸が高鳴ると同時に、どこか悲しい影に痛みも覚えた。勇気を極限まで絞り出し、やっと口を開く。
「言い忘れてたことが……」
彼を目の前にして募る想いを伝えようとすると、恐ろしいほどの緊張と動悸で、固まってしまう。
言いよどんでいる私を見かねてか、今度は明るい声色で、いつもの笑顔を弾けさせながら「何でも言ってみろぃ」と、彼は親指を立てた。
「今じゃないと、明日になったら、間に合わないから」
けれどもそれで心がほぐれる訳なくて、どんどん目線は落ちてゆき、もじもじとはっきりしない言葉を零す。
「ん?」
聞き返すブン太の声によって、またどくりと心臓が大きく音を立てる。気分が悪くなる程、強く速く打ち付ける鼓動。数歩離れた彼にも聞こえているんじゃないかと思うくらい。
この時期、日はまだ高く、夕方から夜に変わる時間帯なのに景色は明るい。せめてもう少し薄暗くして欲しかった。彼の表情も自分の表情も、全てが互いに良く見えて、恥ずかしさが少しも隠せない。
時間だけが一秒ずつ過ぎてゆく。
言え、言うんだ、と何度も臆病な自分の背中に呼び掛ける。
「私、ブン太が……」
ぐしゃりと胸の辺りのシャツを握りしめた。
「好き。大好きです」
もう後戻りは出来ない。
視線を伏せたまま、お願い、届いて、と胸の中で叫ぶ。
「待ちくたびれたぜ」
そんな小さな声が聞こえた後、求めていた香りに包まれる。ぎゅうっと切ない苦しさを感じて、全身に彼の体温が伝わる。
「ごめん、ね」
愛しさが溢れ出て、止まらない。彼の胸の中でくぐもった声を出すと、緊張の糸が切れて、その愛しさが涙として頬を伝った。
「泣くなよ」
頭を撫でられると余計に溢れる。
「嬉し涙だもん」
「そうか」
さっきにも増して抱き締められる力が強くなる。
「ブン太も声震えてる」
「おー、俺も同じみてぇだ」
家の前だったね、なんて言って、気恥ずかしさに顔を少し歪めながら笑い合った。
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megumi(プロフ) - かるぴんさん» コメントありがとうございます!登場人物達に寄り添ってお読み頂き、とても嬉しいです。沢山のお褒めの言葉と、作品を好いて下さり、ありがとうございます。これからも、執筆活動に勤しんでいきたいと思います! (2021年3月5日 18時) (レス) id: ba823ca860 (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 他の作品と比べるのは野暮かもしれませんが、今まで読んだどの小説よりも心理描写が丁寧で登場人物に共感しまくりでした。きゅんきゅんしたり苦しくなったり感情の変化が忙しかったです。2つのエンドを見れたのも嬉しかったです。何回も読み直させていただきます。 (2021年3月5日 15時) (レス) id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - YUEMINさん» コメントありがとうございます!楽しんで頂けて、作者はとても嬉しいです(*^▽^*)応援に応えられるよう、頑張りたいと思います (2019年10月21日 18時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
YUEMIN(プロフ) - 完結おめでとうございます!楽しく読ませていただきました!!次回作も頑張ってください。応援してます。 (2019年10月21日 18時) (レス) id: 1af2bac581 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - ユッキーさん» いつも応援して下さり、ありがとうごさいました!沢山感じて頂き、嬉しく思います(^^)恋という感情は不思議ですよね。この作品を素敵と言って頂き、感謝です! (2019年10月14日 7時) (レス) id: b41fbb72a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年7月11日 22時