もう恋心なんて忘れた (ページ34)

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俺は今濃厚なキスをされている。そう自覚すると一気に変な感覚が襲ってきて、その感覚はずぐに快感だと分かった。昔、知らない男たちにされたかき乱れた時と同じ感覚だと思い出す。

するとその瞬間、恐怖心が押し寄せて来て涙を左目から零した。

「……ぁ、う。ん……っ……」

やっぱり反応してしまう素直な身体。出したくても漏れてしまう声が女っぽくて嫌で嫌で堪らなくて、悔しくて惨めで片目だけでは収まらない涙は両目から大粒になって流れて行った。

そんなとき俺の口内で何かが弾け飛んだように液体が溢れた。

「んぐ、……っう。……ふ、……」

それが何か理解する前に彼の舌によって喉に押し込まれた。それを必死に飲み込む。苦しい、悲しい。

その思いだけに浸って素直に液体を喉に通す。全て飲み干したら、彼はすぐに俺の口から離れて行って銀の糸が二人を結ぶ。

ここまで息の仕方が定まらなかった俺は、息を乱して何度も冷たい空気を肺に送った。最初とは違う胃の重みにまた涙が込み上げてきそうになった。

得体の知れない木の実を呑み込んでしまった後悔と食べられて嬉しい気持ちが行きかう中、俺は目の前の人物を強く睨んだ。

自分に睨まれていると分かると彼は悲しみに満ちた目で軽く視線を逸らされた。それが申し訳なさそうにしている子犬に見えて、逆に罪悪感を覚えた。唇から滴り落ちる液体を乱暴に拭って、また彼の方を向く。

けれど何だろう。怒りも、惨めな思いも悲しみもすっと俺の中から消えてゆく感じがした。そして脳裏に貼りつくあいつの笑顔もぼやけてゆく。

「……すっきりした」

思わず口にした言葉に驚いて口を手で覆った。すると戸惑う自分とは裏腹にさっきまで悲しそうにしていた玉ちゃんはパッと顔を明るくして、俺に抱き着いてきた。さっきまで熱いキスを受けた相手なはずなのに嫌悪感は全くない。

そんな俺は置いて、背中をずっと擦ってきた彼は「よかったね、よかったね」と何度も繰り返していた。そのまま訳も分からないまま帰宅する。

いつものように身支度を整えてベットにダイブした。ずっと何か忘れているような感覚が心を巣食ってくる。

あれ？恋ってなんだっけ――――-

その“恋”という単語も分からないまま咄嗟に口から出た。なんだっけこの言葉。思い出そうとしても何故か喉に突っかかって溢れ出すことは無かった。

それがなんだか嫌に思う。よくわからない気持ちのまま俺は睡魔に身を委ねるかのように静かに瞼を閉じた。

けれど寝ている間も心がぽっかり空いたような感覚でうまく眠りに付けなかった。