630話 ページ39
「黄瀬くんだって、また足壊しちゃうからオーバーワークはダメだよ」
私に背中を向けてもう一度シュートを放った黄瀬くんに声をかけたと同時に、ゴールネットが美しく揺れる
「もう大丈夫ッスよ」
振り向いた彼の顔は少し暗く、ヘラっと笑った笑顔で辛い過去を流しているように見えた
黄瀬くんにとって高一のWCでの誠凜戦はかなり辛い記憶として残っているようで
そんな彼の心の傷をえぐってしまった私は少し心が痛くなった
すると少し気まずい重い空気が流れ
それを遮るように黄瀬くんは足をあげながら「ほら、足はそんな使わないメニューッスから」とつぶやいた
黄瀬くんの手からさっき放たれたボールが壁に跳ね返って私の元へ転がってきて
私は小さく手を伸ばしてそのボールを拾う
そして小さく深呼吸をして、口を開いた
「優勝しようね、キャプテン」
ボールを迎えるために下を向いていて
その声は少し震えていたような気がする
もう後がない私たち
チャンスは後一回きり
私が顔をあげると、そこには何かを決心したような黄瀬くんが手を広げて構えていて
私がパスしたボールが彼の手のひらに吸い込まれたと同時に
彼は小さく頷きながら呟いた
「当たり前ッスよ」
高1の時のインターハイが思い返せばついこの間のようで
今までだって手を抜いたことはないし、悔しさをバネに頑張ってきたことしかない
それでも手が届かなかったというのを何度も経験している私たちは
もうハンパな気持ちで「優勝したい」と言えなくなっていた
今でも1秒たりとも忘れたことのないあの決勝戦のブザー
夏の傷はまだ癒えておらず
私のハートをチクチクと針を刺す感情に苛まれる回数が日に日に増える一方
もう黄瀬くんの涙は見たくない
私はボールが離れた手のひらを、黄瀬くんにバレないように小さく握った
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作者名:りん | 作成日時:2021年2月25日 10時