大雪山 2 ページ15
「なんだ、お前さてはおぼこか？男と密着する機会なんてなかったんだろう」
「…う…うるさいですね」
「まぁ、俺はお前みたいな色気のない女を抱く気にはならないがな」
「…それなら、安心しましたよ！」
そう言い返すも、心臓の鼓動は早まり顔が熱くなる。尾形さんはそんな私を見て鼻で笑った。
「………尾形さんに言われなくても、色気がないくらい……わかっていますよ…。それでも、昔……こんな私でもいいって、言ってくれた人がいたんです」
────僕と一緒に逃げよう、Aちゃん。誰にも見つからない、どこか遠い場所へ。
そう言った彼は、もういない。私を置いていってしまった。私が彼のことを思い出すたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
「……すみません、どうでもいいことを話しましたね。忘れてください」
「不細工な面だな。今にも死にそうな顔をしている。もっとマシな面でいろ」
そう言うと、尾形さんは私の頬を撫でた。
────あの人の手は、もう少し温かかった気がする。
目の前にいる男の手が、どうしても“あの人”と重なって見えてしまう。
「なぁ」
ふと尾形さんが口を開いた。
「お前が死にたくなったら、殺してやろうか」
「え？」
「俺が、殺してやるよ」
「何を、言っているんですか」
「だから、それまではせいぜい生き長らえることだ」
尾形さんはそれだけいうと黙り込んでしまった。何を言い出すかと思ったが、本当に変なことばかり言う。
この人は、一体どういうつもりであんな事を言ったのだろうか。
私は、その言葉の意味を考えるのをやめた。
「……尾形さんこそ、死んだらダメですよ」
「あ？」
「あなたが死んだら、アシリパさんが悲しみますから」
そう言うと、尾形さんはフンッと息を吐いた。
「……お前は悲しんでくれねぇのか」
「私だって悲しいですけど、尾形さんがいなくなるのだけは嫌なので。絶対死なないでくださいよ」
「ハッ！生意気言いやがるぜ。お前に心配されなくたって、俺は生きてやるよ」
「そうですか。それは良かった」
私がそう言うと、尾形さんは再び鼻で笑う。そして、それ以降、特に会話が続くこともなく、だんだん眠くなっていく。
気がついたときには、もう既に瞼が落ちきっており、深い眠りへと誘われていった。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
