故郷 ページ16
───あっ。Aちゃん、またこんなところで寝て。
はっとして目が覚めた。目の前には、驚いたような顔をした“彼”がいる。そして私の顔を見ると、「怖い夢でも見た？」と心配そうな顔をした。
「怖い、夢…。そう、怖い夢を…ずっと見ていたような気がするの」
「大丈夫だよ。僕がついてるから」
優しく頬を撫でられる感触に、私はホッとする。そうだ、私は一人じゃない。彼がいてくれる。
彼の感触を確かめたくて、彼に抱きつく。
「わっ！…ふふ。もう、Aちゃんは甘えん坊だな」
突然抱きついた私に怒るわけでもなく、彼は嬉しそうに笑った。
彼と私は、親の反対を押切って密かに会っているような仲だった。表立っては言えないけれど、私も彼もお互いのことが好きで、いずれは彼が私を連れ出し、駆け落ちしてくれると約束してくれていた。
このあと、結局私達は二人とも寝てしまい、私達は家に連れ戻されることになる。それがわかっているのは、すでに一度起こっていることだからだった。
「Aちゃん」
何だ、これは。
こんなのは、あんまりだ。こんな、幸せの延長線上にいるような光景を見せられても困ってしまう。
お願いだから、これ以上幸せな気持ちにさせないでほしい。
もう二度と会えないのだと、思い知らされているようで辛い。
「泣かないで、Aちゃん」
いつの間にか泣きじゃくる私を見て、彼は慌てふためく。
───お願い、行かないで。
行くなら、私も連れて行って。
そう言いたいのに声が出ない。
彼は私を置いていって死んでしまった。
真夏の暑い日、宙ぶらりんになった彼の足が、苦しんだ顔が、思い浮かぶ。
せめてと思い、彼にすがりつく。すると彼もまた、私の体を抱きしめ、微笑む。
「Aちゃん、僕は………………」
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
