化け狐。 ページ11
.
何分経過したのか。
屋上前の扉から漏れる光は無くなり、代わりに窓から暗い空が見える。
床は更に温度を下げ、私の体温を底から根こそぎ持っていってしまう。
震えていた唇は、単なる音の塊の量産をやめ、今度は不甲斐ない息ばかりを排出する。
相も変わらず、北先輩は未だ私の頬を撫ぜる。何も言わずに、細く、きめ細かな肌を持つその指を、私の頬に這わせる。
少し冷たさを持つ北先輩の指が、そっと熱を持つ(と言っても照れている訳ではなく、只の情けない涙によるものだった)私の目の下に触れる度、何処と無く安心感を感じてしまう。
捌け口。
これがもし、その歪な、只の私の汚い欲望のゴミ捨て場なのだとしたら。
それはとても贅沢なことで。
その贅沢に甘んじているこの状況に、只管、何を言うでもなく申し訳なさを感じていた。目を閉じる度、北先輩のしっとりとした肌を持つ指が、睫毛を一本一本確かめるように流していく。
また目を開ければ、その指は行き場をなくし、只、頬を這うのみとなる。
北先輩の、丸く、大きな瞳が、細長い瞳孔を抱え柔く光るのを見て。
人間らしからぬ風貌とその器量に、嗚呼、何故自分はこんなにも素晴らしい人に、好きな人を重ねてまで甘えてしまったのか。
そもそも、あれは甘えだったのか。いや、少し違う気がする。
言うなれば。
【嘔吐】
胃の内容物を食道を通し、喉を通し、口から吐くそれに類似する。
胃の中でグチャグチャになった感情が、溢れてやまないのだ。内容物の代わりに、薄汚れた『何か』を大量に声帯に通し、
"…角名くん。"
不協和音にも似た、鼓膜が拒否反応を起こすような毒の音となって口から漏れ出てしまった。
が、それでも足りなかったらしい。
吐き切れずに、今度は瞳の裏側に溜まった『何か』が顔を出した。
緩んだ涙腺をものともせず、濁水が大きくもない瞳に膜を貼るのを。
私は、止められなかった。
罪悪感。完全なる嘔吐に近いそれを、北先輩に向かい吐き出してしまった罪悪感。
今まで、人に悩みを打ち明けられる側だったためだろうか。打ち明けられる側の心境を察して、自らが楽になりたいがために発した言葉も、涙も、全てが罪悪感の塊となって私の背後から心臓を貫く。
視界の端に見える、北先輩がしている腕時計。
時間も相当なはずなのに。
北先輩は、只、私だけにその綺麗な瞳を向け、
｢…落ち着いたか？｣
柔らかく、笑ってくれるのだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1277人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ハイキュー」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
はるか(プロフ) - この作品のことではないんですがブスの愛で方はもう公開されないんでしょうか？ (2023年2月25日 13時) (
レス) id: aa3e2fb3e0 (このIDを非表示/違反報告)
サラミ - なんかもう…本当に胸が痛かったです…なんでそんなに感動する文章かけるの…？という感じでした。辛いし、気持ちが凄くわかるし、頭がうああってなって(語彙力)気づいたら大号泣していました。本当に素敵なお話をありがとうございました。 (2023年1月18日 22時) (レス) @page50 id: 82adb6822c (このIDを非表示/違反報告)
小桜(プロフ) - 北さんもいい……！ めちゃくちゃにやけました！ (2022年10月23日 0時) (レス) @page50 id: 8b4a915ba2 (このIDを非表示/違反報告)
お布団 - 何回ワシをにやけさせんねん！！ (2021年11月28日 10時) (レス) @page50 id: e77bb3532f (このIDを非表示/違反報告)
リンネ(プロフ) - 私、恋愛をした事なくて恋愛小説をどこか違う世界のものとして読んでました。でもこの小説は、感情移入してしまって雨宮の｢自分が嫌い｣という感情が私と重なって泣いてしまいました。あなたの言葉で救われた気がします。ありがとうございます。 (2021年7月5日 2時) (レス) id: 2b6f27f6e1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：お水。
| 作成日時：2019年8月16日 11時
