どろり。 ページ12
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「……すみません、時間かけました」
目を伏せる。
嗚呼、北先輩の顔が見れない。
目線の行き場をなくし、只、床に貼られたタイルの傷を、そっと目で追うことしかできない。
「何言うとるん、俺がしとうてしたことや。気にするのはちゃうやろ」
…せやから、こっち見ろ。
そう言って、瞼に触れられる。心地好い冷たさが、私の瞼をくい、と押し上げる。なんだなんだ、とタイルの傷などどうでもよくなって。
北先輩の、化かされそうな目を見た。
嗚呼、不思議な心地がする。神秘的。それ以外に何も言うことがない。
…綺麗だ。
「…落ち着いたなら、帰ろか。もう遅い。送ってくから、荷物持って下駄箱な」
嗚呼、そうか。
私、荷物すら持たずに逃げ出したのか。手ぶらの両手を見て、自分の情けなさに呆れ返る。
ハルは、きっともう帰ってしまった。
帰っていてくれた方が、気まずくはなくて良いのだけれど。
「分かりました。ありがとう、ございます」
「おん」
ふわり、と笑う北先輩が、軽やかに立ち上がる。私の方へ手を差し伸べてくれるのを、どこか他人事のように見つめている。
「……?ほれ、はよ立てや」
手をプラプラと私の目の前で揺らすのを見て、嗚呼そうか、これは手をとるための手なのか、なんてやっと思考が追いつく。
遠慮がちに手を重ねれば、ぐい、と引っ張られる。…驚いた。北先輩、意外と力あるんだ。いやまあ、私と比べたら当然北先輩の方があるんだろうけど。
ふらつく足取りで、必死に地面に根を張ろうと踏ん張る。
「…ほな、先に下駄箱行っとるさかい、はよ取ってきいや」
「あ、じゃあ、はい」
情けない返事。上履きがズレているのを直し、すぐに階段をかけ下りる。
……あれ?
一階分を下りたところで。
視界の端に、イヤホンが落ちているのを捉えた。
性能の良さそうなイヤホン。性能重視で選ぶ派の私からしたら、羨ましい以外の何物でもない。
でも、こんなイヤホンここで落とすとか…。
「あの、北先輩。イヤホン落としました?」
「…?いや、持ってこんかったで」
なら誰のだ。
すみません、何でもないです、とだけ口にしてまた階段を駆け下りた。
白色。何を選ぶにも無難なその色に、持ち主のどこかサッパリとした性格を思わせる。
プラプラと視線の先で揺らしていたら。よそ見していたから。
誰かと、ぶつかる。
「……A?」
「……ハ、ル」
可愛いあの子。
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はるか(プロフ) - この作品のことではないんですがブスの愛で方はもう公開されないんでしょうか? (2023年2月25日 13時) (レス) id: aa3e2fb3e0 (このIDを非表示/違反報告)
サラミ - なんかもう…本当に胸が痛かったです…なんでそんなに感動する文章かけるの…?という感じでした。辛いし、気持ちが凄くわかるし、頭がうああってなって(語彙力)気づいたら大号泣していました。本当に素敵なお話をありがとうございました。 (2023年1月18日 22時) (レス) @page50 id: 82adb6822c (このIDを非表示/違反報告)
小桜(プロフ) - 北さんもいい……! めちゃくちゃにやけました! (2022年10月23日 0時) (レス) @page50 id: 8b4a915ba2 (このIDを非表示/違反報告)
お布団 - 何回ワシをにやけさせんねん!! (2021年11月28日 10時) (レス) @page50 id: e77bb3532f (このIDを非表示/違反報告)
リンネ(プロフ) - 私、恋愛をした事なくて恋愛小説をどこか違う世界のものとして読んでました。でもこの小説は、感情移入してしまって雨宮の「自分が嫌い」という感情が私と重なって泣いてしまいました。あなたの言葉で救われた気がします。ありがとうございます。 (2021年7月5日 2時) (レス) id: 2b6f27f6e1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:お水。 | 作成日時:2019年8月16日 11時