38 前世の名前 ページ38
『……。あの…その前に…ひとつ聞いてもいいですか？』
とても懐かしく、落ち着く香りと素肌の触れ合う温もりの中、どうしても気になる事があった。
「…あぁ。何でも答えてやるから、好きなだけ聞け」
色々聞かれる事を知っていたような口ぶりで、理人さんがとても近いところで息を吐くように、観念した言葉を漏らした。
隠していた秘密を知られてしまった子供みたいな反応に、つい小さな笑いが零れる。
気を取り直し…。
『…ユズア…って、誰ですか？』
ずっと、ずっと気になっていた。
皆が私を「ユズア」と呼ぶこと。
誰だか分からない、皆に愛されているだろうその存在に、正直、私は嫉妬していた。
「…ユズアは…お前だ」
『…え…』
「ユズアは、前世のお前の名前だ。…だが…憶えてねぇんだろ？」
憶えていないどころか、想像さえもしていなかった。
ただ、私に似ている誰かだと思っていたから…。
「ユズア」さんは…私…なの…？
『まったく…憶えていません…あの…それで…ッ…』
そこまで言うと、言葉に詰まってしまった。
こんな、うぬぼれた事…恥ずかしくて聞けない。
けど…。
「俺とお前は、前世で恋人だった」
察した理人さんが、
そんな奇跡にも似た、大切な記憶を持っていないことが、今は悔しくて仕方ない。
――どうして、私だけ憶えていないの…？
「他のみんな」は憶えているのに、私だけ…。
『…ごめん…なさい…ッ…』
「謝ることじゃねぇ。気にするな」
『でも…ッ』
きっと、傷つけてる…。
私に記憶がないことで、理人さんに悲しい思いをさせてしまっている。
憂いを帯びた理人さんの微笑みに、それを垣間見た。
「…それより、お前の気持ちは？本音を聞かせてくれ」
再度問われ、返事を促す鋭い視線を向けられる。
僅かにグレーがかった、綺麗な瞳が不安に揺れて…。
誘われるまま、操られるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『…理人さんが…好き…ﾃﾞｽ…』
目を逸らさずに、今まで必死に抑え込もうとしていた素直な気持ちを伝えたら、胸の奥がスゥーッと霧が晴れるように爽やかになった。
初めて見る、穏やかな微笑みを広げる理人さんは、愛しそうに私の頬に指を滑らせ…。
それだけで私の体温はほんの少し上昇し、胸が高鳴る。
そっと顎を持ち上げられ、甘い口づけが降りてきて…。
彼の為すがまま。
再び、抗うことなど出来ない、甘ったるい空気の中に身を
*
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作者名：夢梨 | 作成日時：2018年11月4日 15時
