25：夜の雫 ページ26
「やっぱりカイト、庭にいたんだな！」
「ピッカ！」
先程よりも早足で向かうと、木立の向こうに揺らめく水面が見える。
水際の岩の上に見知った姿を見つけ、サトシは駆け寄ろうとした。…が。
サトシの足は速さを失い、彼が木立から出ることはなかった。
そのまま姿を木に隠したまま、サトシはそっとカイトを見つめた。
ぎりぎりカイトの表情が窺える距離。
これ以上近づくことは出来なかった。
昼間とは違って、黒の瞳を開いたまま歌を紡ぐカイト。
彼の紡ぐメロディーに身を委ねるようにして、グラエナとエアームドが傍に寄り添っている。
神聖さを孕んだ歌声はどこか物悲しく、サトシとピカチュウの心を冷たく撫でていった。
行かないで、泣かないで
そう言って、思い切り彼を抱き締めてやりたい衝動に駆られる。
果たしてそれは彼を思ってなのか、旋律の哀しい美しさにあてられたせいなのか。
どちらにしろカイトの歌を遮ることなど出来ない。切なさに泣き出しそうな心のままにサトシはピカチュウをぎゅっと抱き締め、ピカチュウもサトシにしがみついた。
グラエナの前足に左手で、エアームドの翼に右手で触れているカイト……その澄んだ夜空の如き瞳から、不意にほろりと涙が零れた。
サトシとピカチュウは、どきりと体を強張らせる。
それは、ただ美しかった。
月光に煌めく雫が、拭われることなくカイトの頬を伝う。
それを意に介すことなく、彼は変わらず歌い続けた。
「…ピカチュウ」
頭上から降ってきた声は場違いな程にいつも通りで、ピカチュウは心配そうにサトシを見上げる。
「戻ろうか」
眉を下げて、サトシは困ったように笑っていた。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、触れてはいけないものに触れてしまったような気がして。
これ以上ここにはいられない。
この歌も、彼の涙も、胸の奥に仕舞い込まなくてはならない。
そう感じたサトシは、そっと湖畔に背を向けた。
部屋に戻る2人を撫でる風は涼しく、涙色をした歌声を乗せそっと頬を撫でた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 121人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
桜光 - ピカチュウ・・・が崩壊してる(;・д・) (2018年12月28日 21時) (
レス) id: c1c7fb77d9 (このIDを非表示/違反報告)
こうもり(プロフ) - さん» 謎を作ってしまい本当にすみませんっ！ずっとミスしたままになるところだったので、とても助かりました！そう言っていただけてとても嬉しいです、ありがとうございます！ (2017年1月10日 15時) (レス) id: 2edc5e6d88 (このIDを非表示/違反報告)
- それに、よくある作品のように話の内容もぶっ飛んでなくてしっかりしてるし、文章も上手のようなので……とても好きです！これからも頑張ってください。((突然すみませんでした。 (2017年1月10日 13時) (レス) id: 3c17733505 (このIDを非表示/違反報告)
- あ、いやいや目に余るなんて……貴方の作品は凄いと思っています！そういうことだったんですね。謎が判明して良かったです。 (2017年1月10日 13時) (レス) id: 3c17733505 (このIDを非表示/違反報告)
こうもり(プロフ) - さん» 私も時折見返して変換ミスがないか確認していますが、それでも見落としてしまうことがあります。目に余るようでしたら、何話目にミスがあるのか教えてくださると嬉しいです！出来る限り早く対処させていただきます。ご迷惑をおかけしてすみません。長文失礼致しました。 (2017年1月10日 12時) (レス) id: 2edc5e6d88 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こうもり | 作成日時：2016年7月18日 7時
