霊 ページ9
.
ふと
温もった手に、カサ…と紙の感触がした。
.
手元を見ると、ゆっくりと手を解いた相葉が、大野の手のひらにひとつ、細長い和紙を落とす。
薄い桃色の、短冊形の和紙に、何か書かれていた。
「それ、しょ…、えっとー、櫻井が。大野さんにって」
どきりとした。
比較的穏やかになっていた心が、波打つ。
櫻井と最後に顔を合わせた日の、心配そうにこちらを覗き込む顔と、手を振り払ったあとの、驚いた顔が、交互に頭の中に浮かんで
心の準備もできていないのに、窓からすうっと一筋吹いてきた風に、手のひらの和紙を飛ばされた。
「あっ」
声を上げたのは相葉だった。
やばい、というふうに、手のひらで顔を覆う。
.
ふたつに折られた和紙が、ふわりと自然に開いてしまって…
蝶々か、花びらか、そのような美しいものを思わせる動きではらりと落ちた。
縦書きのそれは、きれいに、大野のほうを向いていた。
.
【秋まひる 柳の散るを
口初むひとの 声や うつくし】
.
時間が止まったのかと思った。
風が止んだだけだった。
...
口初むひとの
声や
うつくし
.
この歌を、ほんとうにあの人が 詠んだのだとしたら
声や、うつくし。
そんなことがあるだろうか。
声は
だって、あの人にとっては
声、だなんて
それだけで絶望的なのに
なんで……
...
「大野さん」
畳に落ちた薄桃色の和紙を、相葉がサッと拾って、中身を見ないように目を細くしながら、器用にふたつに折り直した。
開いた和紙の上に並んでいる言葉を目にしたときから、大野のようすが変わったことに、相葉は気がついていて
とびきり辛いドラマを見た後のように、唇を震わせて何も言えなくなっている彼の手に、もう一度しっかりとその紙を握らせた。
「翔ちゃんはね、こっち側から歩いて4番目の橋のところに居るんじゃないかな。そこがお気に入りだから」
4番目の橋、と大野は頭の中で繰り返した。
2番目でも5番目でもなく、4番目の橋。
「そこに行く?」
大野の頭は、相葉に「?」と言われたら、こくりと頷くようになっている。
そうすれば、おおかたのことはスムーズに、いい方向に進むのだ。
少なくともこの場所においては。
.
369人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時