陰 ページ20
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「なんで見送り、出てこなかったの?」
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休憩室に寝転んでいた櫻井の頬を、相葉はぺちぺちと叩いた。
眠っているわけでは無かったらしく、櫻井はふっと目を開ける。
「おみおくり。来ればよかったのに」
つまらないCMを見るように、相葉の口元を眺めて
"べつに"
と言って、横向きに寝返りを打った。
そしてそのまま、頭もとにあったメモ用紙に、だらだらと文字を書く。
【手紙を書いて渡したから、良い】
「手紙?いつ渡したの?」
【あの人が知らないうちに】
「?」
相葉は、どういうこと?と尋ねようと櫻井の顔を覗き込んで、はっと顔色を変えた。
疲れたような櫻井の瞳が、どろりと、いつもと違う潤みをしていた。
前髪をよけて、触れた額に、少しの汗と火照るような温度。
「……熱が」
暖房が効き過ぎていて、部屋が異様に暖かかった。
それでも櫻井は、分厚いブランケットを胸まで上げてかけている。
「寒いの?」
目を合わせて言おうにも、両手を使って震えるしぐさをして尋ねても
櫻井はぼうっと、そばにあるメモ用紙を見つめて、ペンを握っているだけで、返事をしなかった。
「疲れちゃったのかなあ…」
呟いた声は、誰にも届かずに独り言になった。
しかし相葉は、それにはずいぶん慣れていた。
部屋の隅から毛布を取って来て、それを櫻井の身体に掛けた。
毛布の上から、とんと一度、ねぎらうように手を置いたら
ペンを握っている櫻井の右手が、熱に浮かされたように、覚束なく紙の上を滑った。
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【ずっと 知りたいんだ】
【言葉ごときが 人を救うか】
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ふっ、と苦しくて熱い息を 櫻井は吐いて、相葉は焦ってその肩をさすった。
言葉ごときが、
人を救うか。
言葉の力…そんな言葉が、相葉の頭に浮かぶ。
手に伝わる体温が、高すぎる。
(翔ちゃんが一番、あけすけに信じてると思ってたんだけどな…逆か……)
また、ひとりで考えすぎたのかもしれない。
知恵熱のような身体の不調を、櫻井はたびたび起こす。
「…翔ちゃんの言葉は…、魔法だよー……」
暖房が効き過ぎて、暑かった。
畳にゴロンと横になっている櫻井の、短い横髪を掻き上げながら
耳のふちを、撫でるように触ったら
【あの人にも、そうされた】
と、櫻井はメモ用紙の一番下に、力の抜けた文字で書いて
それから
気持ちよさそうに目を瞑り
すっと静かに、寝息を立てた。
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きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時