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「ねえ〜、機嫌直してよ」



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難しい顔をした櫻井と、机を隔てて向かい側の座布団に腰を下ろした。

目を合わせようにも、ぼんやりと空を見つめる櫻井の瞳は、どこから覗き込めばいいのか分からなかった。

僅かに顰められた眉は、拗ねているというよりも、何かを深く考え込んでいるようだった。


怒っているわけではないのだ。



「どうかした?」



とんとんとん、と優しくそばの机を叩いた。

呼ぶときはいつも、近くのものか、肩かを叩くようにしている。そうしようと約束したわけではないのだが、自然とそうなったのだ。


「何か、あった?」


人差し指を顔の前で振って、手のひらを櫻井のほうに差し出す。

空中で、ペンを滑らせて書く仕草をした。


「ペンは?仕舞ったの?」


櫻井は、相葉の目をじっと見つめて、しばらく動かないでいた。

まるで相葉の瞳のなかに、自分の考えている問題の、重大な回答が潜んでいるかのようだった。


少し経って、櫻井が、机の上に投げ出した相葉の手を、ずり、と引きずって自分のほうに寄せた。

手のひらに指をトンと立てて、書いたのは


【あさって】


だった。



「明後日?」


相葉が首をひねると、


【迎えが来る】


という。

櫻井にしては珍しく、分かりにくい文章だった。


「ああ、大野さんのこと?…そうだね…、…もうすぐ…」


相葉は、櫻井に口元を見せなければならないことを忘れて、少し俯いた。

かちかちという秒針の音が、静かな部屋に目立っていて、それがやけに、時間がどんどん終わりへ近づいていくことを思わせた。


「…せっかく……笑ってくれるようになってたのにな…、そんな簡単じゃないんだろうね…」


不甲斐なさの滲んだ笑顔を櫻井に向けた。

櫻井はそれを受けて少しだけ微笑んだ。そしてゆっくり首を横に振った。


同意の意味か、否定の意味か、はかりかねた。どちらにせよ優しい動作だった。



【これを渡してもらってもいい?彼に】


何の前置きもなく、ふたつに折られた短冊を手渡された。

中を見ようとすると、だめ、と両手で制される。


【中は見たらダメ】


む、と口を尖らせる。さっき、短歌を盗み見たときと同じ表情だった。


「もう(笑)分かった分かった…、でもなんで俺だけ見ちゃダメなのさ」


相葉は苦笑いで、和紙を受け取って、忘れないようにロッカーに仕舞った。




櫻井が、その中身を相葉に見られたくない理由は、


【恥ずかしいだろ】


案外、シンプルだった。

夜→←遠



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きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時

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