城 ページ37
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うんうん、と2回頷いて、櫻井はもう一度、傘を差した。
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大野が、雨の当たる場所で突っ立っていると、さらりと視線を寄越して
" 濡れちゃうよ "
と、また口を動かす。
スローモーションに見えた。
きれいな浴衣を着て、背筋を伸ばして立っている、傘を差してこちらを見ているだけなのに
櫻井が、なにかたいへんな作品のように見えて仕方が無かった。
そこに自分が入っては、壊れてしまうように思えた。
やはり動けないでいると、櫻井の方から歩いて寄って来てくれた。
同じ傘に入ると、やはり大野は完全に守られて、櫻井の肩が少し濡れるのであった。
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大野に傘を持たせて、櫻井は、長い文章をメモに書いていた。
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どうしても自分だけ濡れないのが申し訳なくて、そうっと櫻井のほうに傘を寄せたら、彼は敏感にそれに気づいて、ぐぐ、と大野のほうへ押し戻す。
それを3回繰り返して、大野は諦めて甘えることにした。
櫻井が書いている時間は、ほとんど彼の長いまつげを見ることに費やしていたが、ときどきその下にある瞳のことも考えた。
目を見るのが、怖かったから
口元ばかり見ていた。若いくだもののような下唇がぽとりと零れてしまうとか、口角の上がり方が上品だとか。
相葉に対しても同様で、あの宿にうつくしい笑みをもつ人が多いと思ったのは、ただ大野がいつも、目を上げられないでいたからかもしれなかった。
【くだらない言葉遊びが
誰かの記憶に永遠に残ることがあります
いい意味でも、悪い意味でも
ただ、僕の主観ですが、ここには綺麗な言葉が多いように思います
文豪も、そうでない人も、この地に歌や文を残してゆきたがります
どれも、あなたを傷つけるようなことは無いと思います】
傘をよけて、空を見たら、月の有るところの雲がぼんやりと白く光っていた。
糸のように細い雨が、その明かりからつうつうと落ちてくる。
大野は、櫻井に持たされた句を思い出す。
【こころ皆 浪にながれて 月の糸】
混沌としていた心がみんな、ゆらゆら流れていったかどうかは、大野には分からなかったけれど
月が光らせた、うつくしい雨の糸を見た。
----どれも、あなたを傷つけるようなことは無いと思います
ふ…と空に向かってため息を零した、大野の口元が、ほんの少しだけ微笑んだのを、櫻井は見逃して
それでは月は、と思うけれども、あいにくの曇り空で
彼すら頼りないのだった。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時