伝 ページ38
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その日の夜、部屋に戻った大野は、荷物の奥底に押し込まれていたスマホを取り出した。
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長い間眠っていたソレは、画面の端に細かいホコリが溜まっていた。
もちろん充電が切れていたので、充電用のコードも同じようなところから引っ張り出して、5分ほど画面が明るくなるのを待たねばならなかった。
〈…はい?なに?どうしたの?……え?、もしもし……おーい〉
様々なところから、見たこともないような数の着信と、あり得ないほどの量のメッセージが届いていたけれど、大野はそれらを見ないふりをした。
連絡先から、ひとつ選んで、タップした。迷いのない動作だった。
二宮は、2度目のコールが鳴り始めるタイミングで電話に出た。
〈…あは、なんだ……まだ声出ないの?仕方ないよねえアナタは本当に〉
軽やかで、少し気だるげなその声を聞きながら、充電器のコンセントのプラグを和室からベッド脇に差し変えた。
夜は寒かったので、スマホを耳に当てたままベッドに潜り込む。がさがさと布団がこすれ合うのが、電話の向こうに聞こえたようで
〈今から寝んのね〉
と言われた。
うんとも、すんとも言えないので、ただ目を瞑って黙っていた。
布団の中が、自分の体温で徐々に温もってくる。
〈どう?そっちは。静かだろうけど……でも夜とか普通に怖くない?まあ…ちゃんと寝れてんならいいんだけどさ〉
窓の外では、しとしとと穏やかな雨が、まだ降り続いていた。
東京にも雨は降っているだろうか、と大野は思った。二宮は、あまり傘を持って出かけないので、急な雨に降られて濡れていやしないだろうか。
そう案じたら、くしゅんとひとつ、くしゃみが出た。
湯冷めしたようだった。随分長い時間、櫻井と石橋の上で、声を出さないで話していたから。
〈あれ?大丈夫?…あ、そういや、すぐ逆上せるんだからあんま長いこと入るのやめときなよ?〉
二宮の気遣いは、いつも、カラリと軽快だった。
スタジオで、ぺらりと仕事の書類をめくりながら、あるいは台所で、トントンと包丁で野菜を切りながら、電話を肩と耳で挟んで「そういえば、大丈夫?」と言っているような軽さがある。
押し付けがましくなく、それでいて的確であるのが、大野にとっては心地よく、
久しぶりにその声を聞いて、甘く温かい飲み物を飲んだように、身体の内側が温かくなった。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時