第十六話「IH〜準決勝〜」 ページ16
歓声に湧き上がる会場。その熱気に囲まれたコート内は、しかし寒々と冷え切っていた。
それは、歓声の渦の中心にいるはずの人達が、誰一人として笑っていなかったからだった。
勿論圧敗した桐皇に喜ぶことなんて出来ない。しかし勝者の筈の洛山でさえそうだった。
自陣に戻った実渕さん達の顔には喜びより安堵の色の方が濃く滲み出ていた。
スポドリやタオルを渡す茜や先輩マネージャーも勝利を噛みしめることはなく、ただ淡々と自分の仕事を熟している。
私はというとタオルを手に持ったまま、コートを挟んで向かい側のベンチにいる、桐皇ただ一人の女性マネージャーに目を向けていた。
彼女も此方を見ていた。いや、正確には此方にいる赤司君を見ていた。
その赤司君は実渕さんと話している。きっと今日のプレーのことだ。
彼女の目は辛そうだった。青峰君が怪我をしていることに気づいたぐらいに。
……もしかしたら彼女は中学時代、帝光中学校に通っていたのかもしれない。
彼女なら、今の私が抱えるこの妙な感情を教えてくれるのかもしれない。
唐突に思いついた考えは私の胸を突いて、それに動かされるように足を前に進めた。
「何してんだお前」
突然グイッと肩を引き寄せられてハッと我に返った。見ると後ろに黛さんが立っていた。
一瞬虚を突かれて止まったけれど、すぐに黛さんの手を払い落した。
「別に何にも。終わったなって感慨に耽っていただけですけど?」
「あ、そ」
黛さんと話してから、さっきまで私の心の中央に居座っていた「桐皇のマネージャーと話がしたい」という感情はすっかり萎えて燻ぶっているだけとなっていた。
黛さんの後ろ姿を見送っていると、急にその背がくるりと返って心臓が跳ねだすかと思った。
「な、なんですか?」
「いや……。お前さ、風邪でも引いたのか?」
「ピンピンしてますけど」
「そっか。ならいいけど。最近お前が元気ないようだって赤司が言ってたし」
「赤司君が?」
俄かには信じられない話だった。思わず赤司君の姿を探すと、当の本人は記者陣の質問に答えていた。
「まさか」
「ま、信じるかどーかはお前次第だな」
黛さんはそう言い置くとさっさと行ってしまった。
(赤司君が私の心配を……?)
有り得ないことだと割り切りつつも、心のどこかでそうであって欲しいと考える自分がいて、その自分のおかげでなんだか沈んでいた心が浮上し始めた。
私は弾む足取りで皆の待つ方へと駆けて行った。
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