第5話 ページ9
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夕闇に染まる歌舞伎町。
そんな美しい夕焼けを背に今日もこうして職務に勤しむ。
かつて愛刀を手にしたこの指も今となっては知らない男と絡ませ、他所行きの笑みを浮かべ街を歩く。
「おーい、絃ちゃんよぉ。なんだか今日元気ないんじゃあない?オジサンになんでも話してみ?」
「そんなことないってぇ。今日はどちらかというと野性のゴリラ一匹ハントしていい感じに鬱憤晴らせたって感じだし。むしろ、気分はいい方」
とはいえど、そのゴリラの正体が彼の真選組局長で。
且つ今こうして肩を並べ歩いている男がまたその上の立場にいる警察庁長官殿であるわけだが。
全くどうしたってこうも治安を守らなければならない者たちばかりが積極的にその風紀を乱しているのか全くもって不可思議でしかないわけだが。まあそれが歌舞伎町らしいといえばらしいのだろうか。
「ん、松平のおじ様。今日はこの辺りで」
「延長するよぉ、ほら。オジサンお金は持ってるからぁ」
「だーめ。娘さんも奥さんも待ってるはずだよー?早めに帰らないと。それに私もこの後、次のお客さんいるからさ」
にこりとまた嘘を浮かべる。
本当は家族なんてよくわからない。物心がつく前にそんなものはとっくに死んでいたから。
気付けばこの世界に残ったのは私1人だけ。
瞼を閉じれば脳裏に過る―。
舞い散る栗色の髪と、涙をこぼす
あの時の夕焼けも今こうして見上げる夕焼けもこうして変わらないのに、大切なあの人だけがいない世界で今日もこうして生きていく。
白銀の幼馴染に合わす顔もなく、なにか、どこか"あの人"を取り戻す手立てがあるのではないかと。
彷徨っていた私は、まるで"亡霊"だ。
「っと、ナーバスになっても仕方ない。どうせなら思いっきり現実逃避するか」
と、気分を変えるべく足を向けるはいつもの定食屋。
何の変哲もないよくあるお店であるわけだが。
ここのおばちゃんとはちょっとした顔馴染みである手前、こうして制服を着て飲酒をしていても咎められないのでいつくようになったというそれだけの理由だ。
「あら、絃ちゃん。"おかえり"」
「"ただいま"、おばちゃん」
勿論、理由はそれだけじゃない。
私はいつしかこの女性の笑顔を目にすると安心できるようにできあがってしまったのだろう。
「いつものよね。ちょっと待っててね。この酔いつぶれた人をどうにかするから」
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