十二月三十一日最後の煩悩 ページ14
ーーゴーン
ああ、あの時の音だと朧げな記憶を思い出す。重い重い、除夜の鐘。
すると不意に、腕枕を通す土方の喉が動いた。
「なあお前、なんで除夜の鐘って鳴ってるか知ってるか?」
生き生きとしたその声音に、今やさぞかし得意げな顔しているんだろうなと見えない表情を予想して微笑む。けど俺は土方が望んでいるような答えは持っていない。わざと嘘をついて知らないふりをしてもいいけど、さっき土方に言われたのだ。だからきちんと答えてやる。
「ああ、知ってる。人間の煩悩の数の百八回だけ叩いて、それを取り除くためだろう?」
今度はこちらが得意げに言ってやると悔しそうに唸ってそれ以上は何も言わなかった。その後はモゾモゾと動いて、やがて静かになる。
どうやら寝てしまったらしい。体が寝息と合わせて上下している。今日は早いが、今はもう真夜中だ。
土方の微かな寝息。
誰かも知れない歌手が歌うテレビの音。
眠らない街、歌舞伎町の喧騒。
そして、時折響く、鐘の音。
鐘の音は、自分の煩悩というものを消していくのだろうか。
最近持った、黒い液体も、どろどろしたものも、焼け付くような激しい怒りも。
それは、とても寂しい気がする。
ーー怒りとか、かなしみとか、それが全部悪いものでも無いと、俺は思うけど
やっぱりそうだ。悪いものでも無い。
お陰でやっと恋人の気持ちに、自分の愛に気づけたのだから。
いい、思い出だ。
ーー大切な人にも抱いた感情を、忘れてしまいますからね
遠い日の師の言葉を思い出す。
俺は良いものも悪いものも、全部背負って来年を迎えたい。
鐘が鳴ろうが鳴らまいが、忘れない。忘れられない。忘れたくない。
それでもきっと歳を取っていくにつれてそれは薄れていく。
失った悲しみが消えて行くように。
でも、
お前と一緒ならきっと。
「もっと、色んなものを教えてくれる」
大切な人に抱いた感情を、
この日を忘れないように。
目の前で眠る形のいい丸みを帯びた後頭部に口ずけをする。
その首筋に顔を埋めれば土方の匂いがした。
ーーゴーン
とっくに途切れた意識のむこうで鐘が鳴る。
ーーまた、来年もこの音が聴けるだろうか。
俺は確かに、あの時と同じくそんなことを思い願った。
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作者名:シチ副長 | 作成日時:2018年1月4日 19時