【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

10.アンビバレントワルツ(飴村乱数) ページ10

アンビバレントワルツ

その日は路地裏を通った。
ただよう副流煙と排気ガスが、なんでもない顔をしてボクを蝕んでゆく。ああ、また褪せてく。きっとこの街じゃ、健康なこころとからだなんて作れやしない。

まわりの人間はみんなボクに嘘をつく。
かわいいね。すごいね。かっこいいね。そんな賞賛の声なんていらない。Aちゃんから必要とされなきゃ、だめなんだ。怠く甘く痺れる午後。ちぎれ雲を見上げて立ち止まる。

まったくの陰。ビルに隠れるようなゴミ捨て場にその袋を投げ捨てた。
どさ。そいつの生涯は、案外重そうな音を立てて終わりを迎えた。悪臭から離れるように、人で賑わう大通りに出る。シブヤの光。シブヤの闇。ボクはどっちもよく知ってるから。
ひと月前はAに告白した身の程知らずを片付けた。一週間前はAの肩にぶつかったクズ野郎を、おとといはAに話しかけたゴミを、きょうはAを5秒間も見つめた蛆虫を。
ボクのおかげでAのまわりがきれいになってく。ボクのいらないものは、Aもいらない、でしょ？それを片付けるのは当たり前のことだし、そうして幸せになるのはボクもAも同じだよね？そう信じてるから。ね。

ボクはAを守りたいだけ。
A、きみがもし、ボクのことが嫌いでも。
きみのお気に召すままに。仰せのままに、ボクは一切合切ぜんぶ消すから。

だからボクを見ろ。
ああ、いけない。…信号が青になる。徐々に沸く自称オネーサンたち。笑顔の仮面を顔面にはりつける。どれもつまんないな。みんなみんな、ほんとは退屈な大衆文化だけを愛してるくせに。だからボクはみんな殺すんだ。それできれいになったこの交差点で、Aとふたりきりでくだらない愛に踊り続ける。Aがボクの手を取らないなら、ボクはAすら殺して、ボクはひとりぽっちの世界で好きなようにやるよ。
きみのことがお気に入りなんだから許してね。

「Aっ。ぐーぜんだね！」ウソをついた。A、「乱数くん。」ボクが軽蔑するまわりの人間と変わらないボクを許さないままでいいよ。許さないまま、ボクを愛して。
Aの嫌い、好き、愛情、憎悪、あれもこれもほしいんだ。
きっとぜんぶ綺麗にできたら、コンクリートの夜にふたりだけのワルツを。

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