【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

9.破滅(山田一郎) ページ9

破滅

俺がいなきゃだめになるおまえが好き。
俺と一緒じゃなきゃ外にも出られないおまえが好き。
俺に抱きしめられないと泣いてしまうおまえが好き。
月の光の中でAは静かに息をして、その肌を至って生物的に、青白くうつしていた。窓の外で唸るエンジン音を殺してしまいたい夜。Aのすがるような吐息は、ところどころそれにかき消されてしまっていたから。
人間が食事をするのと同じように、あたりまえに俺はAを愛している。それは、新興宗教信者がにせものの神に捧げる愛と似ていた。Aを呼ぶ声が、俺のもつ感情のいちばん甘いところから出ているのは自分でもよく理解できる。つきあかりに美しく象られただけの、ただちっぽけな愛。俺はそれが歪む音も聞こえずに、ただ壊れないように抱きしめていた。

「A。今日も元気だったか」
「うん。でも、一郎がいなきゃさみしいな」
「そうか。もうちょっとで仕事片付くから、待ってろ」
「うれしい。待ってるね。」

久しぶりに見た晴れた笑顔に驚いて、俺は反射的に俯いた。泣きたくなる笑顔。かわいくて胸が締め付けられて、痛くなって、それでも離したくはない。神サマも、意地の悪い感情を作ったもんだ。妄執、執着、俺はAの無条件の愛情にしがみついているだけの、最低野郎だ。わかっているのに。わかっているのに愛してしまう。いつかAは俺を嫌いになるだろう。俺に目線を合わせずに、ひたすらに静かに拒絶するんだろう。
きっとその日が来たら、おまえを殺すよ。
しばらくそばにいて、おまえの四肢が腐り落ちるたびに俺は泣き崩れよう。やがておまえの生きたすべてが、黒い染みになったときは、俺はおまえを殺した部屋で死のう。
破滅。
俺はそれを完全の愛だと信じて疑わない。この先永遠に。

この部屋に吹くぬるい色が、Aと俺を撫ぜる。
俺のことをずっと好きでいてほしい。ずっと、このままがいい。そう思いながら、Aの開く瞳孔を見てみたいとも思った。きっとAを殺すそのときには、俺はAの笑顔を思い出して泣いてしまうだろう。
A、どうかそのまま笑っていて。A、俺を嫌いにならないで。
A、俺に殺されないように、おまえを愛する俺のことを好きでいて。そう願った。


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