知ってはならない。

第36話 ページ37

三日後、役所に行くこととなった。

それが決まると、私は感謝の気持ちを再び述べ、山田家をあとにした。


玄関を出る時、ふと小さなじょうろが目に入った。
前回山田家に来た時に、蹴飛ばしてしまったじょうろだ。

そこで私は、その時凜のお母さんが呟いた言葉を思い出した。



((あのじょうろはね、娘が小さい頃育ててたお花に水をやっていたものなのよ...。))


その小さな娘というのは、幼くして亡くした実の娘のことだろう。

大切な子供を2度も亡くして、その悲しみはきっと絶大なはず。

本来はそっとしておいてほしいところだろう。
それにも関わらず、私の話を真剣に聞いてくれる。

2人には本当に感謝しなければ...






昼食にはちょうどいい時間。
私は家に着いた。

「ただいまぁ...」

そう呟きながら家に入るが、返事はない。
親はどちらも仕事に行っている。当然家は誰もいないはずだ。

私はバッグを部屋に放り投げ、そのままリビングに入った。


「...暑...」

何時間も冷房が消されて締め切っていた部屋だ。
すっかり部屋には熱気が溜まってしまい、中にいるだけで汗が滲んでしまうほどだった。

私は勢いよく窓を次々に開けた後、扇風機の目の前に座り込み、顔面に風を吹きかけた。


「あぁ...涼し...」


先程と真反対のことをつぶやく自分に苦笑しながら、私は大の字に寝転んだ。



本当に凜が養子だっただなんて...

事情も話さず、たった一人で抱え込んで、まるで何も無いかのように周りに振る舞う。

一体どれだけ体に鞭を打っていたことか。

全くそんなことがあるとも思わず、ただ楽しくいつも凜と一緒にいた私。

私は凜とあれだけ一緒にいて、気づけなかった。

何一つ、疑問に思うことなどなかった。



川上くんだって、凜のお母さんやお父さんだって気づいてなかったのだ。私が気づけなかったのも当然だ。

そうだけど、凜が必死に隠していたから仕方の無いことなのだけど...



「あんなにさっぱり気づかないものなの...」

仰向けになり、腕を目に押し付ける。



凜がなんで死んだのかはわからない。


だけど、私が少しでも気づいてあげられていたら、もしかしたら助けることが出来たかもしれない。


話を聞くぐらいはできたはずだ。
凜が命を失うことも、防げたかもしれない...


「なんで...なんでこれっぽっちも...」


悔しさを抑えきれるはずもなく、私は誰もいない部屋で1人で泣いた。

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