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ページ36

「……私は、君の才能だけに惚れたわけじゃない。それに、この世が才能がないと生きられないような世界なら、ほとんどの人間はすでに淘汰されてるはずだよ」

「……嘘はいらない」

物語を書けない私に、何の価値があるというの。喉が無数の針で突かれているように痛む。

「……嘘じゃないよ」

だけれど。凪砂は小さく、しかしきっぱりとそう答えた。

その瞳が、私は嫌いだ。驚くぐらいに無垢で、何者にも染まらないような強さを宿した瞳が。



「……最初は、皆が読んで幸せになってくれるような物語が書きたかっただけだったの。でも、もう、」

「…………それは、君は幸せなの?」

彼は、ずっと私を見ていた視線を床に落とした。転がったペンと、ぐしゃぐしゃになった原稿用紙……。

「……君の創るもので君以外の全人類が幸せになったとしても、君が幸せじゃないのなら意味がない。……私は、君が幸せならそれでいい」

その瞬間、ふわりと空気が揺れた。かと思えば、鼻腔いっぱいに広がるベルガモットのオードゥ・トワレ。背に回された片手にぎゅうと力がこもり、頭に置かれた手がそっと髪を撫でる。耳元で、低く落ち着いた声が囁いた。




「雨上がりの濡葉にのる露も、頰を撫でる草の香も__うつくしいものは、全て君の為にある。……そう思える程に、私は君を愛している」



____私から体を離す彼の、絹のような白銀の髪の一房がその肩を流れ落ちるのに、寸刻目を奪われていた。
綺麗な姿をしている。神とか、そういう気高きものが実在するのならば、彼のような姿をしているのだろうと思う程に。

突如、視界に水膜が張ったかと思うと凪砂の顔が歪む。「……あは」乾いた笑い声と共に、何故だかほろりと涙がこぼれた。

「……なんでそんな台詞を簡単に言えるの〜……」

「…………どういうこと?」

「しかも自覚してないし〜……」

よく分からないというように目をぱちくりしていた凪砂だったけれど、私が笑ったのに安心したのか、彼もふっと息を吐くように秀麗な微笑を浮かべる。


「……安心して。君は君のままで、十分価値があるのだから」


本当は、私は。



ずっと、だれかにそう言ってほしかっただけだった。





◆◆



朝が来た。



眩い光を瞼の向こうに感じ眼を開けると、少しだけ開いたカーテンの隙間から乳白色の空が見えた。少し灰がかった雲の切れ目が、点々と空を泳いでいる。まだ眠りから覚めていないような町はしんと静まり返っていて、朝特有の透明な空気感を漂わせていた。

◇→←◇



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更科(プロフ) - 緋褪さん» コメントありがとうございます、代表で主催より失礼致します。緋褪さまの中に何かを残せたようで、私まで嬉しく感じております。小説を書かれた暁には是非読ませてくださいね。楽しみにしています。このパレードが貴方の中で輝き続けますように。 (2018年8月31日 13時) (レス) id: d6f890f9ad (このIDを非表示/違反報告)
緋褪 - それぞれの色が鮮明に浮かぶようで、うっとりしてしまいます。大変感動しました。自分も執筆など嗜みますゆえ、夢小説にも手を出してみようと思います。可能性を広げてくださりありがとうございます。本当に素敵な短編集でした。長文失礼致しました。 (2018年8月31日 12時) (レス) id: 75c20a22b8 (このIDを非表示/違反報告)
緋褪 - 初めて夢小説というものに触れ、あまりの美しさに溜息が漏れました。作者さまひとりひとりも有名でいらっしゃるようなのですが生憎触れてこなかったので存じ上げなかったため、これから皆様の作品も読んでいこうと思います。(連投失礼します。) (2018年8月31日 12時) (レス) id: 75c20a22b8 (このIDを非表示/違反報告)
神桜佳音(プロフ) - 更科さん» こちらこそご丁寧な対応ありがとうございます。更科さんや他の作者様の小説もこれをきっかけに読み出し、また、素敵な世界を見させて頂いてます。本当にありがとうございます。 (2018年8月30日 22時) (レス) id: 2db1ed06cc (このIDを非表示/違反報告)
更科(プロフ) - 神桜佳音さん» 丁寧な感想ありがとうございます。返信遅くなりすみません、代表で私より失礼致します。主催ながらほんとうに綺麗に仕上がったと感じております。お体が弱いとのことで、本パレードが貴方の力になることを心よりお祈りします。 (2018年8月30日 21時) (レス) id: d6f890f9ad (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Parade!! x他6人 | 作者ホームページ:   
作成日時:2018年8月15日 21時

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