涙雨とセニシエンタ 第二幕【あんスタ】

繰り返す邂逅/第六話 ページ22

思ったよりあっさりと侵入できてしまった。肩透かしを食らった気分さえしている。
係員は期待通りの新人で、少し急いでいる演技をすればすぐ通してくれた。夢ノ咲のセキュリティが些か心配になる。

昼休みだと言うのに知り合いの一切に会うことなく、怖いほど順調に生徒会の前まで来た。アイドル科の生徒はぱらぱらと廊下で見かけたが、私を私と知る者はいなかったのだから不思議な話だ。しかし幸運であることに異論は無い。


初めて入る部屋ではない。この扉の向こうで、【五奇人】の友となったのだ。

微かに震えを感じながら、マスターキーを鍵穴に挿した。異様な緊張と興奮で体が満ちるのを感じる。誰も見てなどいないのに、怪しまれぬよう気を配りながら鍵を回すと、カチャリと小気味良い音が小さく響いた。


――『2年B組の午後最初の授業は、着替えの必要な実習科目だと聞いておる。蓮巳くんは、明日の昼休みは職員室に用がある。上級生2名が不在となれば、残りの生徒会役員も顔を出すことはないじゃろう』。

やけに学院の事情に詳しいんですねと問えば、我輩は何でも知っておるよと調弄されてしまった。あながち嘘でもないんだろう。



扉を開けるとどこか懐かしくも感じる、贅沢で華美な調度品の数々が目に飛び込んでくる。戸棚に閉じ込められた上品なティーカップは誰の趣味だろう、なんて疑問を抱くのも野暮だろうか。

やはりここは閑散としている。用のない者が無闇に立ち入ることもないし、零さんの言った通り役員が来ないのなら、何も心配はいらない。


――『会長の席の引き出し、右側を開けたところに承認印がある。模様替えされてなければのう。承認済の書類は下手側のキャビネットにファイルがあるはずじゃから、そこに。背表紙のタイトルを見れば、どれが該当するかは理解できるはずじゃ』。

言われた通りに椅子を引いて引き出しを覗いた。時にこの地ではあらゆる法律よりも権威をもつ判子が、沈黙をもって鎮座している。そっと持ち上げるとその重責に喉が鳴った。

共に仕舞われていた朱肉に力いっぱい押し付け、申請書の承認欄へと押し込むようにして判をつく。なんだかいろんな思いを乗せるような気分で、重く、重く。
写し取られた印形はくっきりと朱く、私のしたことを強く咎められるような居心地の悪さを感じた。



はあっと、意図せず漏れるのは湿った溜息。しばらく呼吸を忘れていたらしい。
これで私は違反者だ。

――書類の仕上がりに肌が粟立つような興奮を覚えていると、小走りで生徒会室に近付く足音が耳に飛び込んできた。

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