片恋のプレリュード【あんスタ・短編集】

Lady killer【2】 ページ26

「朔間さんが仕事ヅラじゃなくなったら考えるね」

「え〜⋯⋯」


一杯如きで酔う私じゃないのに、何酔っ払ったこと言ってるんだ？ はっと我に返った途端、後悔の波が押し寄せる。人と飲むのに慣れてなさすぎて空気にでも酔ったのか？ それとも単純に気が緩んでしまったのか？


「ごめんなさい、忘れて⋯⋯」

「⋯⋯引きません？どんな俺でも」


眉尻を下げて問う彼の表情を、思わずまじまじと見てしまう。気になる。そう言われると凄く気になる。こくこくと小刻みに頷くと、堪忍したように瞼を伏せた。


「──全く、近頃の若者は好奇心が旺盛で困るわい」

「朔間さんも若いでしょ」

「⋯⋯最初のツッコミとしてそれは合ってるのかのう」


溜息をつきながら言う彼は、それと共に仕事の仮面を脱ぎ捨てた。距離が縮んだように感じても拭えない違和感の正体はこれだったのか。


「どっちでもいいけどね、同業者だし」


正体が判明して満足した私は、最後の一口であるアルコールを口に含んだ。


店主を呼んで衣装がまだ残っているか確認を取る。流石に今の完璧オフの状態のまま自分で人前に出ようとは思えない。多少の準備をするため、バックヤードに足を進めた。

その直後、彼も店主に声をかけていたなんて振り返りもしなかった私は気が付きもしなかったのだ。





·

最後に仕事の撮影のままだったメイクを整えて、表に戻る。芸能人として立つ訳ではないから気楽と言えば気楽だが、そのままという訳にもいかない。そして少なからず楽しみにしている自分もいる。

浮き足立ったが、バーを支配する淑やかな音色に首を傾げた。



「ねぇ、マスター。私の見間違いじゃないよね？あそこにいるのって」


ピアノの人影を指しながら店主に問うと──はい、朔間様です、と短く返された。


予想だにしなかったことが起きているが、面白い。

彼はカジュアルな黒の上着は脱いで、黒のジャケットを羽織っている。聞くところによると、店主が貸したらしい。白鍵の上で細い指を踊らせる姿は、隙が無く美しい。惚けて立ち尽くしていると、顔を上げた彼の血を溶かしたような紅の双眼と視線が交わる。

こちらへと招くように、ほんの僅かに口角が上がった。




「──いってくる」



ふわりと衣装である淡い色のドレスを靡かせ、ヒールを軽快に鳴らして舞台へと赴いた。

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