制服を脱がして、裸の心で【場地圭介】 (ページ10)

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9 baji ページ10

「去年、席…前だったの…覚えてます？」

「高橋A」

俺を怯えた子犬のような目で見つめるその女は、俺の上の階に住む同級生だった。

母ちゃんから何度も「これ高橋さんから貰ったの」や「高橋さんとお茶行くわね」など、ましてや「高橋さん家の子、可愛いわよね」とまで、耳にタコができるくらい聞いていた名前の女を初めて見たのは、何故か引っ越してから2年後の春。俺の部屋の前だった。

周りの奴に比べれば若干低めの背丈に、華奢な身体。
黒い艶やかな髪を一つに束ねて、この世の悪いこと何にも知らなそうなその綺麗に澄んだ瞳で俺を見つめてくる。

言われてみれば、一年生の時に前の席だった奴に違いはなかった。
確かに、やんわりとは覚えたいた。

例年よりも肌寒い入学式で、体調を崩しがちだった俺は入学式初日だってのに爆睡してた。(体調を崩してなくても恐らく寝てた)
前から流れてきたプリントのカサカサという音に、なんとなく目を覚ましていたけど、起きるのも面倒だと思いそのまま突っ伏していたら、そっと、俺と机の間に髪を滑らせてきた奴がいた。
「おー、やるじゃん、ありがとな」なんて心の中で思いながらチラッと上を見上げると、目の前で、綺麗な黒い髪の毛がゆらゆらと風に吹かれて揺れてた。
しばらく見つめてると、俺の方を振り返って、その綺麗な瞳で俺と目があった時、見てはいけないものを見てしまった！と言わんばかりのリアクションで前に向き直してしまったのだ。

その光景がなんとも言えない、古い子どもの頃の記憶のように、一枚の写真のように。そっと頭のどこかに眠っていた。

小学校では俺の昔の顔馴染みの奴ばかりいたし、俺自体を怖がる奴なんてほとんどいなかったが(俺が気づいて無いだけかも)、初めて目の前で明らかに俺に怯えるようなリアクションをされて、なんだか少し傷ついた記憶がある。
怖がられる理由はもちろん分かってるから、自分の性格を曲げられる訳もなかった。なんなら、なんとなく学校から浮いていくのもわかってたし、それほど気にもならなかった。
だけど、あの時のコイツの顔だけはどうも忘れられなかった。

コイツ自体が悪い奴じゃなさそう…なんていう俺の本能のためかなんなのか。
コイツに怯えられるのだけはどうも納得できなくて、現に今も、俺の前の前でガクガクと震えながら話すコイツの反応も、ただただムカついて、

「…俺が、怖いのか？」

そう反射的に口から出た。