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ヨコハマ某所。暦の上ではもう春である。
そんな暖かな気候の中、私は週に三度、家庭教師という大仕事を受け持っている。
大きな、まるでゴールデンレトリバーでも飼っていそうな一軒家のインターホンを押し、心臓の速さを抑える。
｢よぉ。来たな、先生｣
｢こんにちは｣
持ち前の即席笑顔で対応する。
うわー、今日も綺麗だなぁ。怖いけど。
目がぱっちりだよ。怖いけど。
なんかいい匂いするし。怖いけど。
｢すまねぇな、先生。今日合歓のやつ学校で少し帰りが遅ぇんだ｣
｢そ、そうですか。じゃぁ先にお部屋に行って待たせていただきますね｣
｢あ？ そういう訳にもいかねぇだろ。これ飲んで食ってろ｣
そう言ってテーブルの上に置いてくれたのはマカロンと紅茶である。
ありがとうございます、と震える声を抑えながら頭を下ろした。
この人はこう見えて(失礼極まりない)礼儀にうるさいようだ。
初めて会った日なんて名刺をもらいつつ自己紹介されたっけ。
合歓ちゃんはシャイだからあんまり大きな声で名前を言えなかったんだよなぁ。
その時にこの人が声が小さいって注意してたっけ。
そういうのは大事だけど自己紹介の鬼かよ、って思っちゃったんだよなぁ。
口が裂けても言えないけど。
｢うわ、美味しい｣
｢おー。それはよかった｣
｢…いつもすみません。こんなものを｣
｢俺が好きでやってんだ。気にすんな｣
そう言って煙草を吸おうとしたその人の手がピタリと止まり、その手は紅茶の入ったカップへ移動する。
｢…いつも言ってますけど、吸って大丈夫ですよ？ それに、左馬刻さんのお家でしょう？｣
｢…毎度言ってるが吸う気はねぇ。変な勘違いさせて悪ぃな｣
美形でスパダリか。
こんな人をよく女の人は放っておくよなぁ。
いや、この人が相手にしないだけか。
｢…お、合歓がそろそろ帰ってくるっぽいぞ｣
｢なら、玄関で驚かせますね｣
｢はっ…先生もそういうこと考えるのな｣
｢面白いことしないと生徒が勉強を放棄しかねませんからね｣
｢…合歓はどうだ。真面目に勉強してるか？｣
｢勿論。素晴らしい生徒ですよ｣
｢それは良かった。これからもよろしくお願いします｣
｢いえ、こちらこそ｣
ぺこりと頭を下げていると、ただいまーという大きな声。
あ、合歓ちゃんだ。
二人で顔を見合わせてから、玄関へと向かった。
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作者名：シルクル | 作成日時：2019年1月20日 2時
