2章白髪の彼と私 7話 ページ20
_1週間後_
「本当に、もう行っちゃうの?」
「うん。前から決めていたことだし、これ以上お世話になったら申し訳ないよ」
心配そうな顔をしたアリイさんが、私の頬をそっと撫でる。
そう、今日はお別れの日。
私がこの世界へ来てから、ずっと面倒を見てくれたアリイさんとトルトさんとも、今日でお別れだ。
先程2人がくれた、新しい黒のハットをかぶる。
派手でもなく、地味でもなく、とてもオシャレな黒のハット。
私の好みにぴったりだった。
家の前で見送ってくれる2人に、「今までありがとう」と、当たり障りない感謝の言葉を告げる。
「もっと居ても…いや、ずっと居てくれてもいいのよ?
息子はもう大きくなっているし、このままここに住んだって_」
「アリイさん」
私を引き止めようとするアリイさんの言葉を遮って言った。
「気持ちは嬉しいし、私もこのままずっと2人と暮らしていれたら、どれだけ幸せなんだろうって思うよ」
そう言って、彼女の手を握ると、彼女の瞳から1粒の涙が零れた。
その涙は、こんな私のために流してくれている涙なのだろうか…
素性も知らない、こんな私のために…
「…前にも言ったことがあるかもしれないけど、私は、自分が何者なのかを知らない。
だけど何故ここにいるのかはわからないけど、ここへ来る前に、どこにいたかは覚えてるの」
私は静かに、アリイさんの手を握りながら続ける。
「そこには、家族も、友達も、先輩も…沢山いたんだ。
なのに、ここへ来た瞬間、まるで世界で私だけが独りぼっちになっちゃったみたいだった。
見たことのない景色、人、物…全部、私が知っているものじゃなくなってた。
…単純に、世界が、自分自身が怖かったんだ」
まるで、その時の恐怖を思い出すかのように自然に足が震える。
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作者名:樹乃 | 作成日時:2016年10月3日 17時