花笑みのきみ (ページ7)

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2　空と風と琴の音ページ7

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麗らかな日差しが降り注ぐ
穏やかなある日

小さいが
手入れの行き届いた庭に向かって
障子をあけ放った座敷で

吉原随一の大見世・大野屋の主、大野智三郎が
腕枕で昼寝をしていた。

そのすぐ横では
いかにも値が張りそうな総鹿の子の大振袖を身にまとった
ほっそりした少女が
琴を爪弾き
流麗な音色を奏でていた。

大野屋主人、智三郎は
その琴の音色を子守歌代わりに
うつらうつらと気持よく昼寝を楽しんでいたのだが
どうしたことか
急に
ぴたりと琴の音が止まってしまった。

「‥んん？」

と
智三郎が片目を開けると
さっきまで
楽しそうに琴を弾いていた少女が
指にはめた琴爪を琴の弦にかけたままの姿勢で
ぼうっと空を見上げている。

何に心奪われているのだろう？

赤い唇を薄く開いたまま
何かに魂を抜かれたかのように固まっている。

こんなことはよくあることなのか
智三郎は慌てず騒がず
ふふっと鼻先で笑ってから

「･･お～い、手が止まっているぞ。」

優しく声をかけた。

すると

少女の肩がぴくっと揺れて
強張っていた体から、ふわん、と力が抜けた。

少女は
空を見上げたままだった姿勢から
ゆっくりと
智三郎のほうに振り返り
眩しそうに何度もパチパチと瞬きをしている。

「ははは。今、目が覚めたってぇ顔だな。
お前、目を開けたまま眠っていたのかい？」

智三郎が
いかにも楽しそうに笑うと
少女も
ちょっと肩をすくめて恥ずかしそうに笑った。

その
はにかんだ少女の笑顔が
智三郎は好きだった。

おすまし顔で座っていれば、とびきりの美少女なのに
笑った途端
人懐っこくなる。

その落差に、やられちまうんだよな‥
と
智三郎は心の中でつぶやいた。

「お父様、またあの声が聞こえました。」

少女は
大きな黒目をくるんとさせて
小首をかしげてそう言う。

「あの声って、時々聞こえてくる何て言ってんのか分かんねえ声のことか？」

長々と寝そべっていた姿勢から
畳の上に座りなおした智三郎が
ぽりぽりほっぺたを掻きながら尋ねると
少女は
神妙な顔でコクンと一つ頷いた。

「俺には聞こえねぇから分かんねぇなぁ、」

智三郎はそう言ってから

「あ～、こんないー天気の時は釣りにでも行きてぇなー。」

ぐーっと腕を上に突き上げて
誰に聞かせるでもない独り言をつぶやいた。

智三郎の独り言を聞いて
少女はクスクスと可愛らしく笑っている。

智三郎も
その笑顔につられて一緒になって笑った。