幸せを願う。 ページ8
空が好きで、いつも見上げていた。
そして何時か私の体が酸化して、
流れる風に、私の脆弱な体が風化して、
空の一部になってしまえばいいと思っていた。
ゆっくりと、瞼を押し上げると薄暗い景色の中、見慣れない灰色の天井が見えた。
体は鉛のように重たく指先を動かすのも億劫で、ただ黙って瞬きを繰り返していた。
「起きましたか? 」
優しい声が聞こえて、視線だけを横に動かすと谷川が文庫本を片手にベッドサイドの椅子に腰掛けていた。そしてAを見て優しく微笑む。
「気分はどうです? 」
答えようと口を開くも漏れるのは息だけで言葉にならない。
そんなAを谷川はくすりと笑って髪をそっと凪ぐ。
「無理をして話さないで下さい。
今も尚、貴女は世界に拒絶されている。身体が思い通りにならなくても何も可笑しくはない。」
そう囁くと谷川は額に口付けを落とす。Aはせめてもの抗いにと顔を背けた。そんなAの様子に谷川は困った様に笑う。だが相変らず余裕の笑みは消えていない。
「相変わらず自分に厳しいですね。僕は、貴女に幸せになってもらいたいだけなのに。」
「……私がいつ、貴方に…幸せを願いました…? 」
痛む喉を奮い立たせ声を漏らすと、谷川は意外そうに目を丸くして「それもそうだね。」と呟く。
谷川の考えていることが分からず、Aは黙って耳を澄ます。聞こえるのは窓を揺らす風の音。
「でも、誰もが救済を待っている。
そうでしょう?」
Aは黙る。
「例えばその救済は、木の葉のように軽く。水のように柔らかいものかもしれない。
だけど、もうそれでいい、騙されたっていい、死んだっていいと。そんな陳腐な世迷言に縋ってしまう人もいる。僕はそんな人々を救済したい。
勿論貴女もだ。僕達は広い空を見て時に喜びと云い、時に悲しみと云う。自分の心に正しく名付けられないというのに。
貴女は、今望むそれ倖せをと呼ぶかもしれない。だけどそれを見る人はそれを見て悲しみに胸を押し殺すかもしれないですよ。」
何も云えなかった。
Aは谷川のアメシストの瞳を言葉なく見つめる。その沈黙が何よりも肯定を示しているのに、何も言葉に出来ない。そんなAに谷川はくすりと笑うと「別に困らせたいわけじゃないんですよ。」と頭を撫でる。
「僕の望みはただ一つ。貴女の幸せだ。」
谷川は囁き部屋を出ていった。
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みるく(プロフ) - この小説はすごく美しく綺麗だなと思って、とても気に入っています!!!儚く美しい世界観というかなんというのか、語彙力がないですが、ものすごくいい作品でした!読ませていただきなんども涙を流しました!素晴らしい小説を作って下さりありがとうございますm(*_ _)m (2022年3月13日 9時) (レス) @page45 id: a995b7f6e9 (このIDを非表示/違反報告)
海姫(プロフ) - 焔蘭さん» コメントありがとうございます。タイトルは夢主が文ストの世界に来た時、ビルから飛び降り落ちたので《空から落ちた》と入れて、幸せとは遠い子が人との繋がりで幸せになっていくので《薄倖美人》としています!後は夢主の異能が《空が分裂する》だというのもあります! (2019年1月13日 19時) (レス) id: fe69d25c5e (このIDを非表示/違反報告)
焔蘭 - 初めましてで失礼します!タイトルの意味って何かあるんですか?そしてこれからも頑張ってください! (2019年1月13日 16時) (レス) id: 98975d3783 (このIDを非表示/違反報告)
海姫(プロフ) - 乱歩ルート期待の敦くんの妹さん» コメントありがとうございます!乱歩さん…。乱歩の夢希望ですか? 良かったら書きますので聞きますよ! (2018年5月29日 12時) (レス) id: fe69d25c5e (このIDを非表示/違反報告)
乱歩ルート期待の敦くんの妹 - 乱歩さん乱歩さん乱歩さん(ぶつぶつ (2018年5月29日 0時) (レス) id: 4a14a6da47 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:海姫 | 作成日時:2017年8月6日 0時