【文スト】其の女優の行く先は【アクタージュ】

演出家の誓い。 ページ16

芥川side



僕は、先刻とは打って代わった様に静かに成った執務室に、1人で佇んでいた。



Aは樋口と共に射撃場へ行き、其処で黒蜥蜴と合流し訓練を始めるらしい。



奴の異能は殺戮に特化した優秀な物だが、如何せん夜しか使えぬのが難点だ。銃火器の扱いや近接戦闘の方法は覚えて置いて損は無いだろう。



然し、僕は2人には附いていかず、未だ頭痛が少し残る故後で射撃場へ行くと伝えた。



故に、僕は1人で、執務室の窓辺に立っていた。外套の袖口を握り締めて。



息が少し荒い。体が奇妙に冷えている。



気が動転していた。



理由は明確だった。Aの問いに、“あの方”の事を思い出したからだ。



僕を何一つとして認めぬ儘に、何の前触れもなく消えたあの方。



黒外套を手渡し、生きる意味を与えると僕に誓ったあの方。



あの言葉が嘘だったとは思わぬ。彼は確かに、僕に、決して消えぬ刺青の様な“生きる意味”を残して去った。



僕は彼に認められる事だけを生きる意味として、今も死にながら生きている。



あの方の所業を間違っていると断罪する事は、臆病な僕にはとても出来ぬ。彼の背中を追って磨り減らした僕の4年を、全て否定する事等出来ようも無い。



だが、Aに僕と同じ“生きる意味”を与えようとは、思えなかった。



既に1度棄てられた彼奴を、もう1度棄てようとは思わぬ。信じた者に裏切られる虚しさを、2度も味わわせようとは、とても。



・・・だが。



＿＿＿＿＿絶望する覚悟は出来ています。



彼奴の完璧な微笑に、心臓を掴まれた様な心地になった。



・・・此の女は、強い。



裏切られる事で1度感じた痛みを再び感じる事を、微塵も怖れていない。



自らの身を守る仮面の様な、温度の無い美しい笑みに、そう確信出来た。



彼奴は、強い。僕の様な弱者が、無敵の仮面を持った彼奴に生きる意味を与えよう等、聞いて呆れる。



けれど。



あの方が僕にそうした様に、僕は、孤独に仮面を被る女優に、生きる意味を与えたいと。



そう願って仕舞った。



「・・・行くか」



僕は一人ごちて、射撃場へと向かう事とした。



生きる価値を与えるという約束を、嘘にせぬ為に。



彼奴が全力で演じるならば、僕も其れに応える為、全力を持ち住野Aの舞台を演出しよう。

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