13*ぎくしゃく ぎくしゃく ページ13
耳の中にまで雨水が流れ込んで気がするほど、雨の音が大きくなる。時々大粒の水滴が傘にあたるとぱたぱたと音を鳴らす。右半分は雨に濡れて冷たいけど左はストーブみたいに暖かい。
そんな雨の音に負けないぐらいうるさい心臓。何も喋ってないのに雨と心臓の音だけの世界で、Aの息の吐く音とか、ズレてきたカバンを持ち直す音とか聞こえない。真隣にいるというのに、いま、この唇を奪ってしまえない。
Aが音もなく口を開いた。何か言っているのだろうか。だけど、何も聞こえない。いや、何も喋ってないのかもしれない。緊張すればするほど雨の音さえも消えてしんとした真っ白な世界に連れていかれてしまう。
「…雨、止まないね」
微かに聞こえた声をしっかり脳裏に焼き付ける。唇だけが鮮やかなほど赤く、それが異様に綺麗に感じる。Aに惹かれて返事するのをすっかり忘れてしまった。『うん』なんて素っ気ない遅れた返事をする。だけど、声が雨に紛れて聞こえてないのか反応が帰ってこない。
今なら何言っても聞こえないかもしれない。
「好きだよ。…だから、もう俺以外の名前出さないで」
反応はなかった。やっぱり聞こえてないみたい。この本音はいつ届くんだろう。Aが俺の方を見ないで髪を耳にかけた。見えてきた小さな耳は真っ赤だった。なんだ、聞こえてんのか。
(あ、れ…さっき俺なんて言ったっけ…)
突如大波が来たかのようにぶわっと全身が熱くなるのを感じた。体が硬直して足が止まった。それに釣られてAの足も止まる。振り向くと少し濡れた髪と照れて赤らんだ頬、今すぐ奪いたい唇。
「腕、…痛かった?」
「え、あ、…まぁ」
思った以上に噛み合わない話に戸惑いながらも返事を返す。傘を持つ腕には赤いくっきりとした線が入っている。今朝の閉められた時の腕が引きちぎれそうな痛みを思い出す。
Aはふわりと微笑んだ。ジメジメした雨になんて負けないぐらいの。そして腕を引っ張り帰り道際にいつもあるコンビニに寄った。
「どっちの奢り?」
「二人とも買うんでしょ!」
「は?プラマイゼロじゃん」
俺はAの好きな焼きそばパンを手に取った。Aはその姿を見て焼きそばパンを手に取った。俺はキョトンとしてAに声をかける。
「俺焼きそばパンそんなに好んで好きじゃねえよ?」
「お揃いがいいの!」
ふぅん、なんて適当な返しをしたけど顔をにやけが収まらない。手で口元を隠しながら会計を済ました。
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Leaf(プロフ) - あ、はぁ………尊い。 (2018年10月8日 16時) (レス) id: b8ce9cd4fa (このIDを非表示/違反報告)
結月(プロフ) - 初めまして、コメント失礼致します!陰ながらずっと読んでおりました!凄く大好きな作品です^^*作者様のうらたさんのとても好きなので、また読める機会があれば嬉しいです。完結、おめでとうございます。 (2018年10月7日 11時) (レス) id: 286dc51d91 (このIDを非表示/違反報告)
めめ(プロフ) - maiさん» コメントありがとうございます。坂田さんの出番を少し増やしてみますね^^* (2018年9月28日 22時) (レス) id: b10484d3c8 (このIDを非表示/違反報告)
mai - ほんっとうにこの作品好きです!私は坂田家ですが、うらさんも好きなので楽しんで読んでます。坂田が出てくるとにやにやしてたり笑 (2018年9月24日 10時) (レス) id: 77b863b750 (このIDを非表示/違反報告)
めめ(プロフ) - 宮本 ?さん» コメントありがとうございます。世界中のこたぬき様へのプレゼントみたいな短編小説になればと思います〜! (2018年9月15日 23時) (レス) id: b10484d3c8 (このIDを非表示/違反報告)
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