PARACAGE 9th【ars】 (ページ36)

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316.明け方。ページ36

明け方だった。

目が覚めた時、まだ夜だと思った。
カーテンの外が暗かったから。

普段なら多少の物音では起きないのに、きっと送別会の余韻や雅紀くんからの言葉で頭が覚醒してたのかもしれない。
廊下から聴こえた音に、目が開いた。
そしてすぐに、嫌な予感がしてベッドから飛び起きる。

床に落ちてるカーディガンを引っ掛けながら部屋を出て、階段を駆け下りる。
最後の二段を飛び降りて、サンダルに足を突っ込みつつ引き戸を開いた。

「待って！」

そこに居た人は、ゆっくり振り返り「マジかよ...」と呟く。

「潤くん、何で？」
「何が」
「出発は夕方だって言ってたのに！だから昨日、みんな朝に挨拶出来るねって...」

スーツケースを傍らに置いてる潤くんは、ハァ...と溜息を吐いた。

「俺そーゆーの、苦手だし」
「潤くんが苦手でも、関係無い！」
「うっわ、自己中」
「自己中かもしれないけど…！でも、ちゃんと挨拶はさせて欲しいよ...」
「別に今生の別れじゃないんだし、いらないって」

アハッと笑って、彼は背中を向けて歩き出す。

「待ってって！」
「待ちません」
「待ってよ！」

後から腕を掴むと、もう一度潤くんが振り返った。
いつもみたいに迷惑そうな表情なんだろうなと思ってたけど、その顔は少し笑ってる。困ったように。

「潤くん、頑張ってね。そんな事言われなくても頑張るんだろうけど、頑張ってね」
「はいはい、頑張ります」

今度は呆れたように笑う。

「私、潤くんにいっぱい助けて貰ったから。ホントに」
「そう？」
「だから、ありがとう。ホントにありがとう」
「マジでお前は...昨日言ったばっかだろ？その無邪気さは残酷だっつって」
「あ.....いや...あー...」

掴んだまんまだった腕を離す。
強く掴みすぎてたのか、手がジンジン痺れてる。

「まぁ...楽しかったよ、俺も」
「えっ...？」
「惚れた腫れた関係無く、ここでAと暮らした事は純粋に楽しかった」
「.....」
「最後だし、キスして良い？」
「えっ！？」
「アハハッ！冗談に決まってんだろ」

そんな整った顔で、そーゆー冗談は...心臓に悪い。

「じゃ、行くわ」
「うん...」
「お元気で」
「...潤くんも」
「雅紀と仲良くやれよ？」

鼻の奥がツーンと痛い。
潤くんが歩い始める。コロコロとスーツケースのコマが回る。

「潤ちゃん！」

その時雅紀くんが、私の横を走り通り過ぎて潤くんの肩を掴んだ。