月の欠片、星の雫【短編集】

放課後、教室の片隅で ＊一松 ページ19

外から部活をしている生徒の声がする。

日も傾き、窓からは橙色の光が差し込む。


その光は私の手元を眩しいくらい映し出す。



(早く帰りたい……)



どうして忘れていたのだろう、と自分を責める。



授業を終え、帰ろうとした私に担任から差し出されたのは一冊の日誌。

これを書かないと明日も日直をやる、

というのがこのクラスのルール。


本来、日直は2人のはずだが、

もう1人は恐らく帰ってしまったのだろう。



だから、私が代わりにそのもう1人の名前を書く。



『まつの、いちまつ』



と確認するように声に出す。

話した事はなく、彼の事はよく知らない。

が、恐らくこの漢字で大丈夫なはず。


今日の授業内容、欠席者などをスラスラと書いていく。



「ぁ」


くぐもった声が聞こえた。

それは静かな教室だから聞こえる音量。

普通の騒がしい教室内ならかき消されてしまうであろう。


一瞬ビクリとし、声のした方に首を向ける。

そこにはマスクを着用し、

猫背で不機嫌そうな松野一松くんの姿。


もう帰ったと思っていた彼が、なぜここにいるのか分からない。

不思議そうに見ていると、私から目を反らし、

一歩一歩距離を縮めてきた。



「帰ろうと、したら……

日直って担任に言われて……戻ってきた」



途切れ途切れに話す彼は、

バツが悪そうにそっぽを向いている。

忘れていたのを悪いと思っているのだろうか。



『私も、忘れてたから……


でも、もう終わるから帰って、大丈夫だよ？」


私も人と話すのが得意ではない。

しかも話した事のない相手ならなおさら。

つい、しどろもどろになる。


むしろ1人の方がやりやすいので帰って欲しい……とは流石に言えない。


松野君は一瞬考え込んだが、

すぐにカバンを机に置くと私の前の席を引き、

体をこちらに向けて座った。



「一応、やる」

『あ、りがとう……』



が、日直は一冊だけなので書く者も1人だけ。

松野君はじっと私の手先を見つめる。

そんなに見られると恥ずかしいし、書きにくい。

そんな事を思っていると、何かを感じたのか、

今度は私の顔を伺うようにジロジロ見てくる。



(余計に書けない……! )




「……てる」
『へ』


今までずっと黙っていた松野君が口を開く。

思わず私も顔を上げた。

当の本人は私を見つめたまま頬づえしている。



「もしかして、怒ってる? 」

『え……』



考えもしていない事を言われ、戸惑う。

何も怒っていないのに。

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