#story 6 ページ7
深夜。月の明かりは煌びやかな街の照明に見事に掻き消され、静寂の訪れない夜の道をよろよろ。ようやく辿り着いた自宅に大きなため息を1つ、玄関のドアの内側に入ってしまった途端、肩の力を抜いた。
「…あー…」
鬱陶しく垂れ下がった真っ黒な髪を雑にまとめ上げ、洗面所に向かう。世の殆どの女には化粧という名の突貫工事が毎朝施されていて、当然ながらどんなに疲れていたとしても、帰宅後それを落とす作業も必要なのだ。
なんて無駄な時間。この時間がなければ、女性はどれほどの自由を謳歌出来ただろう。
最近は薬剤師の方の仕事も、麻取の方の仕事も忙しく、特に後者は抱える必要のない疲労を感じることが多くなってしまった。男性、約2名のせい。
家に帰ってすることと言えば、仕事と寝ること以外に無くなってしまった。こうも忙しいと、どうしても化粧なんて文化が無ければ、と考えてしまう。
少しだけ調子に乗って買った高めなメイク落としを手に塗り広げて考えることは碌でもないこと。買われたこのメイク落としが可哀想だ。
化けの皮が剥がれた私は、もう仕事をする喜多Aじゃない。それでもやることがあるなんて、嫌になってしまう。
「これから書類整理と…明日薬局の方に用があった気がするわ…えーと…」
寝ぼけ眼で、これからしなければならないことを考えながらさっき買ってきたカット野菜を貪る。
年中無休の24時間営業のスーパーマーケットはありがたい。まあそこは少し小さめなのだが、必要最低限の食事を取るのには丁度いい。
最早キッチンに立つのすら面倒になってしまった私は、既にカットされ調理する必要のない野菜たちに食らいつけることに感謝の気持ちが溢れてやまない。
「あとは…もう1つ、厄介な事件があったわね…腕時計返したばっかだけど…また何か借りなきゃ…」
左馬刻に───
食事の手が止まった。
───誘ってンのか?
手首に男の手で圧迫される感覚が蘇る。
───襲っちまうぞ
彼の真っ赤な瞳や白い肌、薄い唇が鮮明に思い浮かんでは消えていく。
出会った頃の幼気な雰囲気とはガラリと変わった、1人の“男”を感じる。
余計に疲れる。こういうのを思い出すと、誰に見られている訳でもないが何だか気恥ずかしくてソワソワしてしまう。
ブンブンと首を振る。まとめ上げた髪が少し落ちる。
「…馬鹿みたい。もっとやることあるでしょ、私」
そう呟いて、空になったカット野菜の容器をゴミ箱に投げ入れた。
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作者名:理麻 | 作成日時:2018年11月7日 2時