白い仮面の奥に【逆先夏目】

Voix de l'ange 7 ページ9

「クリスティーヌ！お前は私を愛さなくてはならない！」

始めてやる全体での通し練習。もう一か月先には本番が待っている。演出担当の人が台本とメガホン片手に意見を交わしながら役者のことを見ていた。


「ここをもう少し……」

「いや、そこはそうじゃなくてこう……」


結構意見が対立しているらしく、だんだん声が大きくなってきている。それを見ていた先生は苛々してきたようで、多分あれは声を荒らげるタイミングを窺っている。ああ、ここで練習が中断されてしまうのはなかなかに惜しい。今日やった中で一番スムーズに進んでいるのだ。これを止めたら役者の集中力が切れてしまいかねない。注意しに行った方がよいのだろうか。

「先生が苛々した顔してる。ちょっと声のトーン下げた方がいいかも」

共に場面の確認をしていたエリック役の人に断りを入れてからそう告げに行った。数人は目をそらし、残りは気まずそうに下を向いた。これは私の好感度が下がったパターンだろうか。正しいことを言ったはずなのにどうにもよくわからない。

生きた人間の真意はいつだって難しい。一番わからないのは『なんとなく』だ。そこに意図はないのに、どうして行動を起こすのだろうか。私には、理解できない。


先生の機嫌はちょっとだけ上に上がったようで、ほっと息を吐く。練習が中断されてはたまらないのだ。演出担当の人にはもしかしたら嫌なことを言ってしまったのかもしれないが、しょうがないと許してほしい。


「えぇ。私は今夜貴方に魂をささげて疲れ果ててしまったわ」


逆先くんに何回も強いられたクリスティーヌのセリフひとつひとつを、言葉の海から引き摺りだして発する。私はクリスティーヌになることができるだろうか。



『本当の笑顔が見てみたい』


広い広い海からたった一つ、はみ出てしまったこの言葉が、どうしても痛かった。

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