探偵達はカフェにいる【オリジナル】 (ページ3)

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ムジカにブラックティーをページ3

「さあ、仕事の時間だ！」

　私ことAは、このカフェ『レッツェル』のマスター。サラリーマンとして一生懸命働きコツコツと資金を貯めて、ついにカフェを経営するという長年の夢を叶える事が出来た。なんでも『レッツェル』とはドイツ語で謎という意味らしい。何かの本で見かけて、言葉の響きが気に入ったから、名付けた当初は意味なんて知る由もなかった。

　この名前を付けたせいなのかは分からないが、何故か私のカフェには“探偵”ばかりが集まるようになってしまった。元々そんなに繁盛していなかった店に、一気に１０人も常連が出来たのだからこんなに嬉しい事はない。

　カランカラン、と戸につけたベルが鳴る音が、静寂に包まれたカフェに響き渡る。開かれたドアから体より先に覗く、跳ねっかえった黄色い髪の毛を見ただけで、誰がお客様として来たのかがすぐに分かった。

「やあAさん。今日も来ましたよ」
「いらっしゃいませ──ムジカさん」

　ムジカ・ファン・ハルモーニウム。３５歳で「ミュージカル界の若き帝王」と呼ばれ、名声をほしいままにしているお方。幼い頃より歌と踊りの才能に恵まれたばかりか、探偵としての優れた頭脳も持ち合わせていたとかいう、もはやズルいと喚きたくなるほどの「持っている」人。なのに、努力を惜しむ事はなかったというのだから、彼はそういう所の根が真面目なのだろう。才能を持ちながらも努力をしつづけ、ミュージカル俳優としても探偵としても活躍し、おまけに絶世の美女で貴族令嬢のエレーナ・レオンチェフが婚約者だという。

　もう何この人。私が店のマスターじゃなくってそこら辺のチンピラなら、難癖つけて嫉妬を込めた拳をお見舞いしている所だ。でも、そうしないのは──私がカフェのマスターだからじゃなくて──彼の努力家な一面と、優しい性格の持ち主だと知っているからなのだろうか。

　多分、彼という人が好きなんだろう。恋愛的な意味ではなくて、１人の人間として。好きにならずにはいれない、だって彼はそれくらい魅力的だ。老若男女問わず惹かれてしまう魅力のようなものがあるのだ。

　あ～あ、ズルい男……

「ご注文は？」
「いつものだよ」
「かしこまりました」

　ムジカさんは、あまり甘いものを好まない人だ。紅茶には砂糖もレモンもミルクも入れない。たまにお茶菓子として頼むチョコレートもビター。彼は脳が糖分を欲したらどうするのだろうか。

「お待たせしました、ブラックティーです」

　満足そうな笑みを浮かべて、ムジカさんはティーカップを手に取った。