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しばらく、天馬は家に来なかった。
手の傷は自分ではうまく処置できなかったため、病院に行った。怪我した場所が場所なので、ちょっと物を掴むだけで痛みが走ってしまう。
たとえば、生ゴミ用の袋とか。
半分以上残っていたケーキも、剣城の作り置きも、腐らせてしまい、結局捨てるしかなかった。袋の中へ落ちていく、ぼと、という音が虚しい。
「剣城と会ってほしいんだ」
驚いて顔を上げると、目の前に天馬が立っていた。
剣城ならこの前少し会った、と言おうとしたが、それより前に天馬が私の肩を掴む。
「お願い、A」
困惑する私をよそに、天馬は私の返答を待った。いつもと違う、どこか焦っている様子の彼を見て、さらに困惑が深まる。
「ちょっと待ってよ。急にどうしたの?」
天馬が俯く。その肩が頼りなさげに下がっていく。
「俺は……俺たちは、もう――」
「天馬」
重みのある声が、天馬のかき消した。
ハッとして声のしたほうを見ると、見知らぬ青年が部屋の中央に立っていた。整った顔立ちに、白いコートと上品な出で立ちだ。青年は、貫くような視線を天馬に向けていた。
「――神童さん」
天馬が呟く。神童さんと呼ばれた青年は、腕を組んで呆れたような表情を浮かべた。
「いつまで人間界にいるつもりだ」
神童は明らかに天馬を責めていた。そして、その口ぶりと雰囲気から、彼も天使であることが察せられた。
天馬は申し訳なさそうに眉を下げ、「すみません」とらしくない小さな声で言う。
「とっくにノルマは達成しているだろう。報告に戻れ」
「わかってます。けど、あと少しだけ……」
「それを言うのは二度目だぞ」
天馬が言葉に詰まる。何だか可哀想になってきたが、それよりも気になることがあった。
「ノルマは達成してる……って」
思わず呟くと、二人の視線が私に向けられた。
「天馬、どういうこと? いつ達成してたの?」
「……ちょうど三週間前だ」
黙っている天馬の代わりに、神童が答える。
カレンダーを見る。三週間前というと、私の誕生日の前日だ。天馬に視線を向けたが、彼は俯いていた。
「天馬と話をさせて」
神童の目をじっと見続けると、彼は呆れた様子で口を開いた。
「明日の朝もう一度来る。必ず天馬を引き渡してくれ」
私は天馬と二人、その場に残された。
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作者名:はるま | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年10月13日 0時