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母を助ける方法を探している。
探しているといっても、一つもう見つかっている。しかし、それを選ぶことができないから、別の方法を探しているのだ。
「とびきり強い欲望の匂いがすると思って来てみたら……」
自販機の微糖のコーヒーのボタンを押そうとすると、何者かの手が伸びてきて先に押されてしまった。手の主はガコン、と排出された缶を抜き取る。
「――磯崎……!」
慌てて距離をとる。
磯崎は不敵な笑みを浮かべた。以前のように女性に化けてはいない。見た目はそのままに、黒いスーツを着て、紫のネクタイをしめている。遠目に見れば、社員同士が話しているようにしか見えないだろう。
「何しに来たの」
口調ばかりは強気に出たが、脚がすくんでしまい一歩も動けなかった。前に会ったときは剣城がそばにいたが、今は一人だ。何か攻撃でもされたら、ひとたまりもない。
磯崎はそれを察しているのか、愉快そうに口元を歪めると「好きなだけ怯えてろよ」と手をひらひらさせた。
「俺は人間の欲望の匂いを辿っただけだ。むしろ、お前が悪魔を呼び寄せてるようなモンだろ」
こちらが悪いような言い方に、私を怒らせるためだとわかっていても腹が立つ。じろりと睨みつけると、磯崎は「おー、怖」とおどけてみせた。
「そうカッカすんなよ。俺はお前の望みを叶えてやってもいいんだぜ」
磯崎は神経を逆撫でするような笑みを浮かべたまま、観察でもするように私の周りをゆっくりと歩き回った。
「でも不思議だなあ。契約なら、お前にぞっこんの悪魔とすればいいのに、どうしてそうしない?」
わざとらしく、もったいぶったように、磯崎は一人で喋り続けた。そして、芝居がかった口調で「ああ、そうか」と顔いっぱいの笑みを貼り付ける。
「自分の母親と通じてた男なんて、こっちから願い下げか」
下卑た笑い声が廊下に、頭の中に響く。固く握った手のひらが汗をかいている。いつの間にか、肩で大きく呼吸していた。怒りのあまり叫び出しそうになった寸前、廊下の奥から数人の話し声と足音が聞こえた。
「おっと、時間切れだ。じゃ、気が向いたらいつでも連絡してくれよ」
磯崎は内ポケットから一枚のカードのようなものを取り出し、コーヒーの缶と共に私の手に押し付ける。次の瞬間には、彼は消えていた。
カードを見る。人間のそれを真似て作ったらしい、悪魔の名刺だ。住所は地獄だった。
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作者名:はるま | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年10月13日 0時