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八頁 ページ10




土砂降りの雨が眼鏡のレンズに打ち付けられる。視界が狭まり煩わしくなった其れを荒々しい手付きで胸元へ仕舞い込みながらも足は止めないまま進め続ける。荒く不規則な息遣いも、雨の所為で肌に張り付いて気持ちの悪い服も、泥水の跳ねて汚れた靴さえも何れも此れも揃って煩わしかったが国木田は走り続けた。愛する者の元へ───折原の元へ。
国木田が向かうのは横浜租界の貧民街。長らく降り続けられ荒れた波の音を近くに感ぜられる其の場は為らず者ののさばる荒廃した土地だった。世界から弾き出された溢れ者達が集い、肩を寄せ合い、殴り合い、殺し合う、悪と混沌の蔓延る地獄のような土地へと一心不乱に国木田は駆けていた。

遡ること数十分前───折原からの一報を受けてから直ぐの事だった。徐に乱歩が"骸砦だ"と呟いたのだ。先刻まで僅かに緩められていた糸目は今はもう平素のように固く結ばれており何時もの表情へと戻っている。目を見開き困惑(あらわ)に固まる国木田に向かって腰かけていた椅子から立ち上がり、まだ残る棒つき飴をガツンと噛み砕くと彼の胸元へ指を指し、そして云った。

「彼女は助けられない」

乱歩は社に害成すものを酷く嫌う。其れは社長であり、乱歩を乱歩たらしめる理由と場所を作って呉れた福沢への恩義もそうだが、彼の、そして乱歩の邪魔に成るからだ。街の平和と均衡を崩されてしまっては元も子もない。
然し、それと同時に乱歩も探偵社員だった。多くの人を救う、正義と悪との狭間で生きる武装探偵社の。

「……でも"二度も"見逃してやるほど僕は優しくないし、見逃すほど人でなしじゃない。あの時の彼女には逃げる意思がなかったけれど、今は違う。ちゃんと、自分でそう願ってる。自ら命を絶っても良いと思ってしまうくらい。でもな、其れも此れもお前に出逢えたからなんだよ、国木田。喩え彼女が如何に罪深く可哀想な女だったとしても、若しかしたらお前とだったら背負えるかもしれない。蕀道だけどな」

我が儘で、それでいて自信たっぷりな名探偵は信じていた。目の前の男の正義を、彼の掲げる理想を。

「安心しろ。お前が耐えきれなくなっても探偵社だって一緒に背負ってやれるよ」


─────だから、行ってきなよ国木田。


そう云うと彼は慢心げに笑った。
しかし国木田は、聴き終える前に、乱歩の笑みを見届ける前に走り出していた。救うべき、愛する人の元へ。


開け放たれた扉に微笑む"二人分"の視線を背に。



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設定タグ:文豪ストレイドッグス , 恋愛 , 国木田独歩   
作品ジャンル:恋愛
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綾舞町 - 花夢園さん» 中々無いですよね、彼のお話は(笑)少々書くのが難しいですが彼の格好いい姿を表現できたら、と思いっています!有り難う御座います! (2016年8月4日 20時) (レス) id: a2978e8fa9 (このIDを非表示/違反報告)
花夢園 - 国木田さんの恋愛ってレアですね〜とっても面白いです! (2016年8月4日 16時) (レス) id: a92783a906 (このIDを非表示/違反報告)
綾舞町 - 百久一目さん» 本当ですか?!有り難うございます!!結構天然な部分の有る子なので……(笑)国木田さんともっとイチャイチャさせるようにしたいです。 (2016年7月1日 17時) (レス) id: a2978e8fa9 (このIDを非表示/違反報告)
百久一目(プロフ) - 夢主(?)ちゃん、可愛い…(惚) (2016年7月1日 13時) (レス) id: 421761368c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:綾舞町 | 作成日時:2016年6月12日 18時

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