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七頁 ページ9



あれから一ヶ月。
記録的な豪雨は魔都横浜を襲っていた。まるで今まで折原が溜め込んでいた涙を空が払拭しているかというように。
窓の外を覆う怪しげな雲に、ただぼんやりと国木田は視線を投げていた。書類仕事の手を止めてしまうくらいには儘ならない思考であった。何度も何度も彼女の言葉が、姿が甦り、何も手に付かない。子供らしくない、まるで全てを見越したかのように成熟した大人の微笑みを浮かべる彼女が、国木田を見つめ優しく揺れていた深緑の瞳が、あの時引き留めた細い肩が。如何すればよかったのだろうかと柄に無く悩むことしかできなかった。

「あまり彼女の事情に首を突っ込まないことだな」

「ら、乱歩さん…? 其れは如何いう…」

「彼女の業を背負うには、お前には荷が重い。諦めろ。其がお前にとって一番だ」

乱歩の言葉に国木田は目を剥いた。其れではまるで彼女の云っていた通りではないか、と酷く狼狽する。

───人を殺めた人間が、そう真っ当に生きれる筈が在りませんもの

あの言葉はそのままの意味だったのかもしれない。文学的な比喩などではなく、本当にそのままの意味だったのだろう。其れは詰まり、折原は人を殺めたのだ。一人だけではない。大勢の人間の命を奪ってきたのだ。

「きっとお前と彼女は共に笑い合うことは難しいだろうな」

遠くで季節外れの雷の落ちる音がした。
ガジガジと棒つき飴を噛み砕くとそろそろかと乱歩が薄くいつも閉ざされた糸目をほどく。するとまるで其れが合図だったかのように社内電話がけたたましく鳴いた。一番近くにいた与謝野女医が受話器を手に取り相手が誰だかわかると国木田、アンタ宛てだよと渡される。おずおずといったように受話器を耳に宛てると、酷く久しぶりのように感じる彼女の声がした。チリンと揺れた鈴のようなあの声音が。

『……お久しぶりです。国木田さん』

降りしきる雨音に其処が公衆電話なのだと瞬時に理解した国木田はギュッと無意識のうちに受話器を握る手に力を込めた。そんなに怒らないでくださいと申し訳なさそうに彼女は軽口を叩くが彼にしてみればそんな事を云っていられる程、心中は穏やかではない。
一ヶ月もの間、一度も連絡を寄越さず学館にも辞表なんかを提出して行方を眩ませていたにも関わらず突然の電話。酷く胸騒ぎがする。

「お前は今、何処に居るんだ折原」

『…此れは最後の挨拶です』



────如何かお元気で、愛しておりました。



国木田さん。
さようなら。




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設定タグ:文豪ストレイドッグス , 恋愛 , 国木田独歩   
作品ジャンル:恋愛
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綾舞町 - 花夢園さん» 中々無いですよね、彼のお話は(笑)少々書くのが難しいですが彼の格好いい姿を表現できたら、と思いっています!有り難う御座います! (2016年8月4日 20時) (レス) id: a2978e8fa9 (このIDを非表示/違反報告)
花夢園 - 国木田さんの恋愛ってレアですね〜とっても面白いです! (2016年8月4日 16時) (レス) id: a92783a906 (このIDを非表示/違反報告)
綾舞町 - 百久一目さん» 本当ですか?!有り難うございます!!結構天然な部分の有る子なので……(笑)国木田さんともっとイチャイチャさせるようにしたいです。 (2016年7月1日 17時) (レス) id: a2978e8fa9 (このIDを非表示/違反報告)
百久一目(プロフ) - 夢主(?)ちゃん、可愛い…(惚) (2016年7月1日 13時) (レス) id: 421761368c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:綾舞町 | 作成日時:2016年6月12日 18時

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