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｢夕香がこんなに苦しんでいるのに、俺だけのうのうとサッカーをやるわけにはいかない。だから俺は……夕香が目覚めるまでやらないと誓ったんだ｣
なのに、と一度言葉を切り、豪炎寺が円堂を見る。出会った当初は目を合わせようともしなかったのに、今の豪炎寺は、円堂の真っ直ぐな瞳から目を逸らすことはしない。それが答えのような気もするけれど、Aはただ大切な幼なじみの選択する道を見守るだけだ。
｢あの時……何故なんだろうな、自分でも分からないんだ。自然に、身体が動いてた｣
帝国VS雷門の練習試合を思い返す。10番のユニフォームを身にまとい、迷いなくフィールドを走り抜けてゴールを決めた、あの後ろ姿を。
｢つらい話、させちゃったな｣
円堂の声がいつになく沈んでいる。
｢俺、何にも知らないでしつこく誘って……ごめんな。この事、誰にも言わないよ｣
｢……サッカー部、あれからどうなった｣
｢ああ、次の対戦校が決まったんだ。お前のシュートがきっかけで、みんな練習頑張ってるぜ。な?A｣
｢うん｣
病室を出ていこうとする円堂に、豪炎寺の静かな声が掛けられる。なんだ、やっぱり気になっていたのかと少々面食らったAを他所に、円堂は笑顔で答えた。少し声色が回復した円堂に安心する。彼にあんな暗い声は似合わない。同意を求められたので軽く頷いた。
病室を出ていく円堂を見送り、ベッドサイドの椅子に座って俯いたまま動かない豪炎寺に歩み寄る。
｢A｣
｢なあに？｣
｢……｣
これは、今離れるのは得策ではないと悟った。彼は夕香の病室にいるとき、精神的に不安定になりやすい。
染岡に遅れるから先に練習を始めておいて欲しい旨のメールを送り、彼の隣の椅子に座った。
握りこまれた拳を両手で包み、やんわりと開かせる。こちらに視線を向けないまま、豪炎寺は呟いた。
｢染岡はいいのか｣
｢もう少しだけ一緒にいたらダメ？｣
｢……だめじゃない｣
触れていた手をそっと握り返される。Aの細い手を気遣うような強さで握られた手には、あまりに優しい豪炎寺の人柄が現れていた。
何年も一緒にいれば、変わることも勿論あるだろうが、変わらないことだって必ずある。夕香を大切にしている二人も、サッカーが大好きな二人も、きっと変わらない。気持ちが変わらなければ、大切なものを見失うこともないだろう。だから、今は迷うべき時なのだ。この先の道を切り拓くために。
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作者名：おひめ | 作成日時：2022年7月14日 17時
