青々しいあお ページ8
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想像以上に大きく広がっていた海、というものはこんなにも素晴らしいのか と息を飲む。
「 ……っ、う、海だ 」
まるでありふれた言葉を並べて作った単語帳を一枚一枚捲るように、当たり前の言葉しか出てこなくなる。手の震えを抑える為にぎゅ、と力強く握ると、少し前に切った爪が皮膚に食い込んで痛かった。初めて痛みを感じたみたいに_____まるで、今初めて生かされたように感じたのだ。
そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。押し寄せる波を上から見ていた。一言も発さなかったのに、それでも伝わらないことなんて何一つなくて、彼は私の強張った手を握った。そのがっちりした手に引っ張られてそのまま付いて行った。さわさわと吹いている風に背中を押されると、呆気なく一歩は踏み出される。
彼の踵を見つめながらゆるい坂を下りると、靴を脱ぐように促された。サンダルを脱ごうと前を向くと、目の中に飛び込んできたのはもっともっと広い青であった。生きている、と思った。呼吸をして、体を動かしていると感じた。
こんなのは初めてだからどうしていいのかわからない。思わず手を離そうとするも、それは案外強く握られていて、気温と共に体温も上がっていく気がした。
「 砂って、こんなにさらさらしてるんだ 」
「 …うん 」
何に対しての肯首だったのだろうか。頷いた彼は視線を落としたまま、どこか瞳に影を落とした。日差しの中、癖っ毛が靡いている。知らない世界に二人だけ飲み込まれてしまったかのような閑散さ。夏の真っ只中であるのに誰一人いない海はただただ砂を押し流している。
病室で見た憧憬はこんなにも簡単に掴み取れた。どうしても叶えたかった夢はいとも簡単に叶ってしまった。_____否、訂正しよう。簡単ではなかったのだが。足の裏に砂が張り付いては剥がれた。少し痛んだ心臓に知らないふりを重ねて遥か彼方を捉えた。真上に上り詰めた太陽に長い針も短い針も重なった情景を覚えて、鳴り響く鐘の音に波のさざめきを聴こうと耳を澄ませる。
「 冷たいな 」
「 俺は入らないよ 」
ぷっ、と吹き出してみれば、彼の口角も上がって行く。やんわりと浮かんだ笑みに、当の本人は気付いてもいないようだ。
「 知らない世界に来ちゃったみたいだ 」
改めて声に出してみて、その言葉に少しだけ気恥ずかしさを覚えた。うん_____、そう頷いた彼は、私の知らない人のような、そんな気がして、来ちゃったのは私一人だけなのかなぁ なんて。
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作者名：ねむい | 作者ホームページ：
作成日時：2018年4月25日 5時
