きいろいカノン ページ7
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「 ねぇ瀬名くん 」
「 はぁ? 」
「 ありがとう 」
惚けた様な顔をする彼に笑って見せた。少し大きいヘルメットを手で押さえ、泣きそうなほどに眩しい光を全身で受け止めながら。
予想以上に暑い。蝉の声が耳のすぐ近くで鳴り響いて、先ほどから汗が止めなく湧き出ている。それら全てが心地いい。アスファルトから感じる熱気に、日焼け止めを塗りたくった彼の肌、張り付く髪まで全部全部。
「 ほら、早く乗りなよ 」
「 いいの?本当に? 」
「 馬鹿じゃないの? 」
“ あんたの夢でしょ ”
ああ、_____なんて嫌味で、なんていい人なんだろう、海を見る前にもうすでに涙が出そうだ。
私の動きに合わせて動く陽炎が、バイクに乗り込んだことでぴたりと重なった。暑いね、と鼓動を上げる私に、彼はちゃんと腕回してなよ、と平然と言い放ち、エンジンをかける。
「 ねぇ 」
「 何? 」
「 昨日言おうとしたこと、何だったの 」
「 …あぁ、だから何でもないってば。それより、海を見に行った後、いいところに連れてってあげる 」
主治医の印鑑が押されていた一枚の紙。彼が私にくれたそれの凡その内容は、“ 海を見に行っていい ”______そんな、ことだった。
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しあわせとは何か考えた。例えばこうして彼が近くにいて、当たり前の様に外の世界を歩き回って、大嫌いな注射とか薬とかはなくて、海の見える街に住むこと。聖書に書いてあったこととは大幅に異なるけれど、きっと私にとってのしあわせはそうなのかな、と思う。
きらきらと反射する青をいつも間近で見て、暖かい日差しの春も、蝉まで焼け死にそうな夏も、稲穂が垂れる秋も、寒さに身悶えする冬も、そしてまた春が訪れても、彼が隣にいたのなら、
____これ以上ないほどに しあわせ ではないか。
そんなしあわせが訪れるのはいつになるかわからないけれど、許可が下りたということは回復に向かっているのではないか?
照りつける日差しにバイクの熱気が重なって、より暑く感じる。一瞬鳴り止んだ蝉の声がもう一度響き渡り始め、微かに彼のシャンプーが香る。あと何度これを見られるかと、少しだけ胸が歪んだ。
夢が叶うのが、少しだけ怖い。贅沢なことを言う様だが、こんなに簡単に叶ってしまっていいものかとさえ思う。このあとに大きな不幸が降りかかってくる様な気がしてならない。と、そんな思考も次の瞬間、吹っ飛んでしまうのだが。
「 ___________海だ 」
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作者名:ねむい | 作者ホームページ:
作成日時:2018年4月25日 5時