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零は軽い足取りで其の場所へと足を運ぶ。
その後ろを渋々、重い足取りで少女が着いていく。
音楽室の扉を開けると、零は毎度の様に奥のカウチに長い足を組んで座る。
まるで早く弾けと言わんばかりの圧である。
少女は納得のいかぬような顔をして、慣れた手つきでピアノを準備する。
一通りの手順が終わって椅子に座り、鍵盤へそっと指先を触れる。
そして、一音。
この瞬間が堪らなく心地が良い。
一気に目の前の景色が変わる様な、全てが消し去られて白紙になるような、清々しさが身体に染み渡る。
鞄の中から先程書き上げた楽譜を譜面台に乗せると、カウチの背もたれに背を預けていた零が、組んだ足の上に両手を置いて、姿勢を正した。
一呼吸置いて、少女は音を奏で始める。
作り掛けの、未完成な音の旋律。
零は目を閉じてその音に耳をすませる。
それからピアノを弾く少女の姿を見て、目を細める。
演奏が一通り終わると、少女が余韻に浸る間は短く、直ぐ様鞄の中からペンとを取り出して、納得のいかなかった部分を書き直しては
自分の顎先にトントンとペンを当てて、そしてまた前のめりな体制に戻って、鍵盤を押して、を繰り返した。
零はその様子をただじっと見ている。
やがて数十分の時が流れると、漸く満足したのか肩の力を抜いて、椅子の背もたれにだらしなくもたれかかった。
「一通り終わったようじゃな?」
零の問い掛けに頷き、大きく溜息を吐いた。
時刻は夜の七時過ぎ。校舎内も外も暗くなっていて、音楽に没頭している時は何時もこうなってしまうのだ。
二人が何も言わずにいると、廊下から何やら数名話している声が聞こえる。
耳をすませると微かに内容が入ってきた。
その内容は、少女の顔をやや引き攣らせる。
「ここだよ、例の音楽室。」
「さっきピアノの音、お前らも聞いただろ?マジでいるんだって。」
「誰かが居たんじゃねぇの?」
「七時に音楽室に来てピアノ弾くやつなんてあんましいねぇって。」
「そうか?」
「絶対あれだよ、少女霊!!」
「怖ぇこと言うなって!」
どうやら学院の七不思議を一目見ようとやってきた生徒らしい。
後ろの零は目を合わせようとしない。
それどころか、僅かに口元が緩んでいる事から噂されている自分を生目で見て、笑っている。
少女は、零の笑いをどうにか止めてやろうと立ち上がった。
鍵盤に置いていた手をバネにした事で勢いよく
バーン!と音が鳴ってしまった。
『あっ…』
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作者名:黒凛蝶 | 作成日時:2022年6月14日 16時